ポスティングの理由(ワケ)
「よォし、まずはこの辺から始めようぜ!」
セットしたポスティングのチラシを持った、黒浪さんが言った。
ボクも、コクリと頷く。
ポスティングなんてやったコト無いケド、大丈夫かなァ。
「ま、簡単じゃね。こうやって、郵便受けにチラシを放り込むだけだろ?」
黒浪さんは、さっそく一戸建て家屋のポストにチラシを投げ入れる。
「一馬も、やってみろよ」
そう言われて、恐る恐るボクも違う家のポストにチラシを入れた。
確かに、簡単だ。
でも、ボクの容れたチラシ以前にも、たくさんチラシが入ってるな。
「なあ。こっちのポスト、ギュウギュウで入らないぜ」
あ……。
ボクは、黒浪さんが無理やり押し込もうとしている郵便受けの、上を指さした。
「ン、なになに、チラシお断り……って、入れちゃダメじゃん!」
小さなプラスチックの板に、『チラシお断り』と書かれている。
「雪峰キャプテンも、チームの宣伝用のチラシだから、お断りって書かれてる郵便受けには入れるなって、言ってたよな」
ボクはコクリと頷く。
「しゃ~ない。ここは飛ばそう」
ボクと黒浪さんは、それからもポスティングを続けた。
「フゥ、やっと終わったぜ。たっだいまぁ!」
「お前にしちゃあ、まあまあ時間がかかったな、クロ」
「ウッセー、ピンク頭。陸上と違って、ただ走れば良いってモンじゃないんだ」
事務所に戻って来たボクたちは、冷蔵庫から麦茶を出して飲む。
「どうだ、2人とも。問題は無かったか?」
「それがさあ、郵便受けにチラシ入れてたら、いきなり中から爺さんが怒鳴って来やがって」
「それで、どうなった?」
「慌てて逃げて来たよ、大変だったぜ」
「ふむう、心証を悪くされてなければ良いが」
ボクも同じコトが、2回あった。
「だけどよ、雪峰。しゃ~ないんじゃ無ェか。ポスティングなんて、配られる側からすりゃあ迷惑この上ないからな」
「だよな、ポストがチラシで溢れ返ってんだ。ありゃあ、怒るのもムリ無いって」
紅華さんの反論に、黒浪さんも同調する。
「……とは言えだ。実はウチの実家も、ポスティングはしてんだ」
「なんだよ、それ。ピンク頭の実家って、なにやってんだ?」
「美容院だよ。街のしがない……な」
そう言えば紅華さんの家は、お母さんが1人で美容院を切り盛りしてたんだ。
「だけどさ。なんでみんな、ポスティングなんかやるんだ?」
郵便受けに入っていたチラシの量を見るに、多くの業者がポスティングを行っているんだと解る。
「客が、来ねェからだよ」
「ハァ。そんなコトは……」
「あるんだよ。中小なんて、ポスティングしたときくらいしか、新規の客は来ねェ」
「そうですね。大企業であれば、宣伝に掛けられる資金も潤沢でしょうし、宣伝媒体も多岐に渡ります。チラシにしても大量発注するコトで、1枚辺りのコストを下げられて、中小企業より優位に立てるのですよ。いわゆる、スケールメリットと言うヤツですね」
「し、柴芭。お前の話、難し過ぎんだよ。もう少しこう、解り易くだなぁ」
「これでも解り易く、話したつもりなんですがね」
「な、なんかオレさまのコト、バカにしてない?」
「お前の頭で解るようにって言うなら、しがない街の美容院に行こうと思う機会なんて、チラシが入ったときくらいってコトだ」
「今回、ウチと同時にポスティングしたチラシだが、写真屋と弁当屋、喫茶店のモノでな。どれにも、割引券が付ている」
「割引券かぁ。だったら、オレさま行くかもな?」
「中小ってのは、そうやって客を呼び込むんだ。オレも昔は、ポスティングに駆り出されたモンだぜ」
「ピンク頭も、ポスティングしたコトあんの?」
「自慢じゃないが、お前よりかは早く配れるぜ」
「な、なんだとォ。オレさまだって慣れさえすれば、お前なんかに負けないからな!」
それからしばらくの間、ボクと黒浪さんはポスティング要員となる。
3部リーグより下の、地方リーグにさえ入れるかどうかのクラブとしては、当然の光景なのだろう。
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