大海原の戦い
アル・ゴゥース号と呼ばれる艦隊の旗艦は、船首に黄金に輝くライオンの像を掲(かか)げ、船体は黒く船尾には3層の立派な船尾楼を持つ。
3本の4角帆メインマストに風を受け、艦の側面には大砲が2列に渡って並んでいた。
「港以外の軍事施設は、艦隊の砲火で大方堕ちたわ。呆気(あっけ)ないモノね」
クセのある黒髪を頭の後ろでまとめた、女性が言った。
彼女は名を、メリィ・ディアーと言う。
「余りにも、反撃が無さ過ぎる。恐らくラビ・リンス帝国に、何らかの問題が起きているのだろう」
赤茶色の長い髪をした、長身の男が答える。
艦隊を率いる彼は、名をイアン・ソーンと言った。
「でもそろそろ、ミノ・リス王を裏切らなかったヤツらの艦隊が、出て来る頃よ」
「ああ、解っている。港は、あえて攻撃目標から外しているのだからな」
アル・ゴゥース号は優雅に波を切り、大きく旋回する。
旗艦に続き、少し小さいながらも同じ黒い船体の船が5隻、旋回行動を開始した。
「アレは、誰の艦隊なのかしら?」
「蒼い船体に、蛇を巻いた女の船首像……アドゥル・メートの艦隊だ」
イアン・ソーンの日焼した顔に、緊張が走る。
その鋭い眼光の先に、敵艦隊の姿があった。
「イアン・ソーン。キサマ、どうして王を裏切ったァ!!」
海の男の特徴でもある大きな声が、蒼い艦隊の旗艦から聞える。
「知れたコト。ミノ・リス王は、余りに多くの敵を作り過ぎたのだ!!」
イアン・ソーンも、負けじと大声を張り上げた。
「考え直せ、イアン。王の元に艦隊を預かった者同士だ。話せば……」
「もう遅いのだ、アドゥル。島が燃えているのが、見えないのか!」
すれ違いざまのひと時だけ、成立する会話。
2つの艦隊が、大海原で行き違う。
けれども、互いに大砲は火を吹かなかった。
「次の交差で、1斉砲撃を行なう。各員、準備せよ!」
艦隊司令官として、船員たちに指示を飛ばすイアン・ソーン。
黒と蒼、2つの艦隊がハート形の軌道を描きながら、大海原を駆ける。
ハートの底辺で、砲撃戦が開始された。
「2番艦、被弾!」
「持ち堪(こた)えさせろ。こちらも、被弾した敵3番艦に集中砲火(クロスファイア)だ!」
イアン・ソーンの檄が飛び、黒い艦隊の砲火が蒼い1隻の船へと集中する。
船は瞬く間に炎上し、黒い煙を上げながら波間に沈んで行った。
「敵3番艦、轟沈(ごうちん)!」
「スゴい、モノね。これが、艦隊戦なの……」
大砲の弾が飛び交う中、身を屈めるメリィ・ディアー。
「中々にスリリングだろ、メリィ」
艦隊を指揮しながら、イアンはメリィの細い腰に手を回し、抱きかかえた。
「キャア! ちょっと、こんなときに何してんのよォ!」
「海の男ってのは、こんな時だからこそ女を抱くのさ!」
艦隊司令官の言葉に、苦笑いを浮かべながら操船する部下の船員たち。
命中しなかった砲弾が海に落ち、高い水柱を上げていた。
「海の男を、都合よく利用し過ぎでしょうに……キャア!」
船体が激しく揺れ、メリィはイアンの屈強な身体にしがみ付く。
「2番艦、轟沈。4番艦に、被弾!」
激しい砲撃戦の中、炎に包まれた黒い艦が紺碧の海へと沈んで行った。
「流石はアドゥルだ、やりやがる」
「ちょっと、感心してる場合じゃ……イヤア!!」
敵の砲弾が、右の船尾に直撃する。
「右舷後方に被弾!」
「船速が、維持出来ません!」
「これくらいじゃ、アル・ゴゥース号は沈みァしねェ。面舵(おもかじ)一杯!」
「で、ですが、その進路じゃ……」
「ああ。アル・ゴゥース号を、敵の旗艦にぶつけるのさ。ヤツの船に、斬り込むぞ!」
「面舵一杯! 総員、衝撃に備えよ!」
被弾したアル・ゴゥース号は、蒼い艦隊の先頭の船の横っ腹に激突する。
「ヤロウども、斬り込むぞッ!!」
艦隊司令官の号令によって、衝突した旗艦同士は甲板戦に移行していた。
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