広大な宇宙での遭遇戦
ボクたちが冥王星圏から離れて、半年が経っていた。
広大な宇宙の航行は、1000年後の技術を以ってしてもそれだけの時間を要してしまう。
土星の衛星であるタイタンを出発してから、2ヶ月が過ぎていた。
「改めて、MVSクロノ・カイロスの有難さが身に染みるな」
狭い小型宇宙船のコックピットの中で、ボクの口は小言を吐き出す。
内部に街まで存在するMVSクロノ・カイロスとは異なり、小型宇宙船は居住空間も最低限だった。
胴体内部の貨物搭載室には、ゼーレシオンとバル・クォーダ、それに美宇宙の操る無人機が5機、無理やり押し込まれている。
「アレは時の魔女が創った、オーバーテクノロジーの艦だからな。比べちゃ、酷ってモンさ」
隣の席で、足を投げ出したアッシュブロンドの男が答えた。
「解っているさ、プリズナー。だけど代り映えのしない宇宙の景色は、もう見飽きたよ」
火星から木星圏までも数時間で辿り着いた、ボクが艦長を務める艦に比べ、小型宇宙船は2ヶ月近くも宇宙を漂っている。
「ねえ、見て。マーズの艦隊が、かなり近くを通ってるよ」
美宇宙の小さな指が、コックピットのレーダーを指し示した。
ボクのクローンである彼女は、女性のためかかなり髪の毛が伸びている。
「まあ近いっつっても、コンタクトする距離じゃ無ェがな。1応はエンジンを停止して、慣性航法に移行するか」
プリズナーはエンジンなどの熱源をオフにし、小型宇宙船の航法を切り替えた。
「だけどマーズの艦体、思ったよりも規模が大きいな」
「だね。7個艦隊を動かしてるよ」
何故か、美宇宙が答える。
「オメーは、黙ってろ。だが、土星の艦体だけで抗(あらが)える数じゃ無ェ」
「サターンさんは、ボクたちを送り出してくれた。戻らなくて、大丈夫かな……」
「こんな小っぽけな小型宇宙船が、参戦したところで何になる。それよりとっととMVSクロノ・カイロスに帰って、艦隊を動かした方が戦略的にはマーズの動きを止められる」
「そう……だよな。すまない」
小型宇宙船は、土星を襲撃するマーズの艦隊に発見されないまま、何とかやり過ごした。
ボクは代り映えのしない景色を、それから2日ほど眺める。
「木星軌道を抜けて、メインベルト(アステロイドベルト)にもう近い。火星圏まで、あと少しか」
「火星かあ。ボク、行ったコト無いんだよね。宇宙斗の記憶とかも、ボクには無いし」
プリズナーの身体をシートにした、美宇宙が言った。
「だが生憎(あいにく)、火星は軌道の遥か先だぜ」
「もう少し、近い時期だったら良かったのにな」
まだ先は遠いと嘆(なげ)く、プリズナーとボク。
太陽を公転する惑星同士の距離は、時期によって天文単位のとてつもない距離で変わってしまう。
このときの火星と土星の位置は、太陽を挟んでほぼ真逆だった。
「目的地が、近くなったり遠くなったりってのは、宇宙ならではだよな。地球じゃ、目的地が勝手に遠くなるなんて、考えられ……」
「ねェ、今なんか光った!」
いきなり、美宇宙が叫ぶ。
「ああン。どうせ小天体の、反射だろ?」
「違うって。あの小さな岩の近く、ホラ!」
メインベルトも近いだけあって、辺りには岩や氷でできた小天体が幾(いく)つも浮かんでいた。
「ホントだ。人型の機体……サブスタンサーか!?」
ボクも、美宇宙の言った機体を確認する。
「クッソ。なんでレーダーに、反応が無かった!」
「解らないが……1機だけじゃ無い。かなりの数が、居るぞ」
小天体の周囲を、編隊を組んで飛ぶピンクと薄紫色の機体。
やがてこちらを認識したのか、近づいて来た。
「美宇宙。オメーは、宇宙船を頼んだ。オレは、艦長と出る!」
「う、うん。任せて!」
美宇宙に小型宇宙船を任せ、ボクとプリズナーは貨物室へと向かう。
「ねェ。もっと大きいのが、現れたよ!」
艦内放送を通して、美宇宙が叫んだ。
「マズいぞ。こんな場所で敵と遭遇だなんて……」
「まったく広大な宇宙で、遭遇戦をするハメになるとはな!」
ゼーレシオンとバル・クォーダは、小型宇宙背の貨物室から宇宙空間へと飛び出した。
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