第3の犠牲者
「シャワーを浴びていた吾輩は、大柄の黒い影によって襲撃された」
マドルの声が、観客たちに経緯(いきさつ)の説明を始める。
「シャワー室の曇りガラスを割られ、暗闇の中で首を絞められた吾輩は、気を失ってしまう。飛び散ったガラスが脚に刺さり、シャワーで血が流れ続けていた。伯父の発見が遅れていたら、恐らく吾輩は失血死していただろうね」
「オレがションベンに立った隙に、忍び込まれたんだ。スマンッ!」
「まさか警部の部屋を、襲撃するなんて思わなかっただろうからね。仕方ないさ」
マドルは、人事のように言った。
「部屋に帰ったら、シャワー室の灯りが消えていたから、もう寝ちまったのかと思ってな。だが、シャワーの音が聞こえる気がして、こっそり覗いてみたら……」
「覗いてみたら?」
「血を流した素っ裸のお前が、倒れて……」
「そこは、ボカしてくれないかい!」
伯父と姪の掛け合いに、会場からも笑いが零(こぼ)れる。
「悪いがマドル、話は後だ。オレは、部下のヤツらを叩き起こして、調査を開始しなくちゃいけねェ」
「だったら、吾輩も……ウウッ!」
舞台に、崩れ落ちてしまうマドル。
「傷は手当して置いたが、お前は大量の血を失ってんだ。この部屋で大人しくしていろ」
『バタンッ』っと、扉を開く大きな音がした。
「吾輩を残し、伯父は部屋を出て行った。シャワー室で、血を流し続けていた吾輩は、普段のように頭が回らず、ベットに倒れ込んで突っ伏した」
舞台が次第に暗くなって行く。
「どうしてマスターデュラハンは……吾輩を……もっと確実な方法で……」
舞台は、完全に暗闇に包まれていた。
恐らくマドルが、眠ってしまったのだろう。
「言われてみれば、マスターデュラハンはどうしてマドルちゃんの首を、刎ねなかったんだ?」
「そうよね。その方が確実だし、これまではそうして来たんだから」
「もしかして、今回の犯行はマスターデュラハンの仕業じゃ無いとか?」
「でもマドルちゃんは、シャワー室の中で黒いレインコートの男を見たのよ!」
「だけど、擦りガラス越しだぜ。レインコートくらい、誰だって手に入れられるしよ」
「そりゃそうだケド、だったらマドルちゃんを襲った理由ってなに?」
「バカだな、お前。オレの頭で、解かるワケ無ェだろ」
観客たちも、大詰めに差し掛かった推理に熱が入っている。
「そろそろ、推理の舞台もクライマックスだ。ここで、キミの推理を聞こうじゃないか?」
「マドルを襲ったのは、そっちに目を向けるためでしょうね」
久慈樹社長の問いかけに、ボクはあえて短く答えた。
墓場の舞台が、段々と白み始める。
日が顔を出し、そこに黄色やオレンジなど、暖色系の色をくわえた。
「ン……ンンッ。吾輩は、眠ってしまったのか……」
小鳥の効果音が、朝が来たコトを示す。
「マドル……お前に、伝えなきゃならないコトがある」
警部の低い声が、さらに低く渋みを増していた。
「ど、どうしたんだい、警部。マジメな顔して改まって……」
舞台の中央に立つ、マドル。
その背後のガラスの塔が、卒塔婆(そとば)へと替わり、ある少女の名前が浮かび上がった。
「嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)が、殺された……」
「……え?」
短い反応しか出来ない、探偵の少女。
「首の無い彼女の身体が、彼女の部屋で燭台に突き刺さったカタチで発見されたのさ」
「ハ、ハリカさんが、死んだだって……ウ、ウソだろ?」
舞台に立つマドルは、動揺を隠せないでいた。
「残念ながら、本当だ」
「彼女は……どうやって殺された?」
「遺体の発見場所は、彼女の自室だ。衣服は昨日のドレス姿で、飾ってあるマネキンみてェに立ったまま……な」
「そ、それじゃあ、彼女は!?」
「ああ。女の尊厳まで傷付けやがって……マスターデュラハンめッ!!」
舞台には、呆然自失のマドルが立っていた。
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