救難信号
準惑星エリスを周回する、ネメシスと名付けられた超小型のブラックホール。
「観測の結果、とても理解し難いデータが導き出されました」
観測に関わった乗組員(クルー)を代表するカタチで、ポイナ副官が言った。
彼女は、冥界降りの英雄の妻、コリー・アンダーソン中佐の異母妹である。
「もう、何を聞いても驚かんよ。どんな結果が出たのかね」
時の魔女に対しては、どんな常識も通用しないと悟った、バルザック・アイン大佐。
太陽系外縁部の調査、いわゆる冥界降りによって名を馳せたバルザック・アインだったが、すでに軍籍を離れているので正確には大佐では無い。
けれども、彼のクルーの多くが大佐と呼び続けているため、ボクたちも自然とそう呼んでいた。
「エリスの周りを周回するネメシスですが、エリス以外の天体に対して、なんの影響も及ぼしていないコトが判明致しました」
「どう言うコトだ! 例え大きさはサッカーボール程度であっても、木星と似た質量のブラックホールが、他の天体に重力的影響を及ぼさないハズが無かろう」
すでに自分の発言を撤回してしまっている、冥界降りの英雄。
「観測結果では、そうなっております」
「……とは言え、まだ観測を始めて1日も経っておらんだろう。観測誤差の可能性や、計器やレーダーももう1度チェックだ」
軍人と言うより、観測者や探検家に近い経歴を持った大佐。
観測に対する精度には、1際こだわっている様に見えた。
「バルザック艦長。コキュートスの予定軌道に、救難シグナルを出している物体を発見しました」
「その物体とは、なんだね?」
ポイナ副官に問う、バルザック・アイン大佐。
「待って下さい……判明しました。サブスタンサーのようです」
「サブスタンサーか。まさか、時の魔女の手の者では無いだろうな?」
宇宙戦艦プロセルピナと、コキュートスの最高責任者は訝(いぶか)った。
「ボクを、出してください。もしかすると、ボクの仲間かも知れません」
「慌てるコトも、無かろう。映像が確認されてからでも、良いのでは無いか?」
「それだと、コキュートスに還れなくなる可能性が高まります」
止まっているように思える地球でも、実際は太陽の周りを高速で公転している。
太陽系外縁天体でもあるコキュートスも、同じ様に太陽を高速で公転しているのだ。
「了解した、宇宙斗艦長。だが、敵の罠である可能性も捨てきれん。こちらからも、なるべく迅速に情報を送るが、危険と判断したら直ぐに撤退してくれ」
「はい。ありがとうございます、大佐」
ボクはブリッジを出ると、直ぐに格納庫のゼーレシオンに乗り込む。
「さて、味方であってくれればイイが……」
ケツァルコアトルを背中に装着し、ゼーレシオンは宇宙へと飛び出した。
~その頃~
ゼーレシオンが向かう先で、救難信号を放つ物体があった。
物体は巨大な人型で、顔はドクロの形をしている。
「ねェ。ボク、お腹減った」
そのコックピットの中で、少年とも少女とも聞える声が言った。
「ガマンしろ……っつか、なんでオレを殺そうとしたヤツの面倒を、オレが見なきゃなんねェんだ」
プリズナーが、自分の膝にチョコンと座った少女に向かって、愚痴を垂れる。
「しょうがないジャン。だってボクのサブスタンサー、消えちゃったんだし」
「なにが、しょうがないだ……って、その顔で言われんのもな」
プリズナーの瞳には、群雲 宇宙斗そっくりな顔が映っていた。
「ねえ、プリズナー?」
「今度は、なんだ」
「ボク、オシッコしたくなっちゃった」
「ハアッ!?」
「女のコって、オシッコどうやるの?」
「し、知るか。宇宙に放り投げてやるから、テキトーに済ませろ」
「うん。わかった」
バル・クォーダの、コックピットハッチを開けようとする少女。
「バ、バカ、真に受けるんじゃねェ。宇宙服なら、ションベン吸い取る機能くらいあるから、そのまま中に出しとけ」
「はぁい……ン、なにか近づいて来るよ?」
「なんだと。時の魔女の手先か!?」
「違うよ。でもボクのサブスタンサーに、ソックリだ」
ボクにそっくりの少女が、ゼーレシオンを指差した。
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