嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)
「そ、それは、本当ですか!?」
ただでさえ大きな声の警部が、さらにボリュームを上げる。
「は、はい。スバル夫人はご自身の意志により、伊鵞(いが)の遺産を放棄なさったのです」
「竹崎弁護士。スバル夫人がいつ、遺産を放棄をされたかは解りますか?」
「3年前です」
マドルの質問に、短く答える竹崎弁護士。
「3年前と言えば、スバル夫人が懐妊した年だな。もしかすると、死産が……」
「警部」
「こ、これは、失敬」
マドルは警部に、推理を口に出すのを控えさせた。
「わたくしも、スバル夫人の心中までは解りかねますが、恐らくは影響されているのでは無いでしょうか。これも推測に過ぎないのですが、伊鵞との縁を切りたかったのかも知れません」
「吾輩も、同じ見解です」
小さなシルクハットに指をかけ、軽く会釈するマドル。
「話しを戻しますが、重蔵氏の子供で唯一の生存者であるスバル夫人が、遺産の相続権を放棄された今、遺産の相続権は誰になるのですか?」
1人芝居の名探偵が、観客席に視線を向けた。
「い、言われてみりゃあ、重蔵の子供で生き残ってるのって、スバル夫人だけだよな」
「長男は戦争で死んじゃって、次女も交通事故なんでしょ?」
「次男のタケルが自殺で、3男のワタルが山で転落死……」
「やっぱ、いくらなんでも、死に過ぎじゃね?」
「でもよ。長男と次女が死んだのは、かなり昔なんだろ?」
「今回の事件の犯人(マスター・デュラハン)と、関係あるのかな?」
ボクは舞台袖から、久慈樹社長の質問を警戒しつつ考察をしていたが、流石にしつこいと思ったのか、社長からの質問が無いまま、舞台のマドルが物語を進め始める。
「2通の遺言状が示した2人の少女たちも殺され、遺産は誰の手に移るのです?」
「じ、実はですね。そのコトを調査するために、わたくしは事務所を留守にしていたのです」
マドルの聞き取りに対し、少し怯えながら答える竹崎弁護士の声。
「戦死された長男には、子供も居ないからな。本来なら次男の夫人であるツバキ夫人か、その2人の娘が相続するハズだ。ですが先ほどの話だと、3人に相続権は無い……と?」
「警部の仰る通り、3人の相続権はすでにございません。ですが……」
「なにか、新たな事実が解ったのですね?」
マドルが、鋭く推察した。
「はい。実は戦死されたご長男である伊鵞 架瑠(いが かける)氏と、許嫁であった夫人との間に、子供が居たコトが解ったのです」
「その子供が、新たなる相続人と言うワケですか!?」
警部の声のトーンが、1段高くなる。
「いえ。子供は男の子でしたが、許嫁の実家である嗅俱螺(かぐら)家の長男として、育てられました。ですが3年前に、流行り病で亡くなったそうです」
「それはお気の毒に。それで、嗅俱螺(かぐら)家の長男として育ったカケル氏の長男に、ご子息はおられたのでしょうか?」
「はい。たった1人、娘がおりまして……」
「名は、なんと?」
「嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)と言います」
竹崎弁護士は、言った。
「嗅俱螺 ハリカだって!?」
「ど、どうしたのよ、急に?」
「その名前、卒塔婆(そとば)に書かれていた名前じゃないか!」
観客の何人かも、弁護士の上げた名前が、ガラスの塔の卒塔婆に書かれた血文字の1つだと気付く。
「これでやっと、最後に殺される運命にある、少女の登場か」
久慈樹社長が、生徒たちがテストを受けているガラスの塔を見上げた。
「ええ。今までの流れで考えれば、彼女も……」
ボクも、墓場ステージの背後に起立した、塔を見上げる。
ガラスの塔は再び卒塔婆をイメージしたデザインになっており、そこには血が滴(したた)る文字で、『嗅俱螺 墓鈴架』と書かれていた。
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