トラロックの最期
途切れ途切れの音声が、6人の少女たちの首に巻かれたコミュニケーションリングから、脊髄(せきずい)の神経節を通じて脳へと伝わる。
それは明らかに、地球の衛星軌道上を周回するテル・セー・ウス号からの通信だった。
「どうしたんだい、アンティオペー艦長!」
「通信が断片的で、はっきり聞えないよ」
「ウーのヤツがまた、攻撃して来たのか?」
テル・セー・ウス号との通信を担当していた、マレナ、マイテ、マノラの3姉妹。
けれども通信は、完全に途絶してしまった。
「宇宙でも、なにかあったのかな?」
「人の心配してる場合じゃ、ないよ!」
「前衛が来てくれたとは言え、たった2機なんだ」
マレナ、マイテ、マノラの3姉妹は、立て直したばかりの防衛ラインを護るのに、必至だった。
~その頃~
ドス・サントスはまだ、執務室の豪奢(ごうしゃ)なビロードの椅子に座っていた。
「宇宙からの信号が、途切れただと。どう言うコトだ?」
指令室の機能を有している執務室で、野太い声で部下たちに問いかける。
「わ、わかりません。ウーは依然として、沈黙したままなのですが……」
マレナたち3姉妹から、オペレーターの任務を引き継いだ男が答えた。
「だったら通信が途切れる前、宇宙船の女艦長が言おうとしていた内容は、解析できるか?」
「はい。欠けている部分を補正し、流します」
男が機器を操作すると、ドス・サントスの対面する壁のスクリーンに、アンティオペー艦長の顔が映し出される。
『緊急の情報です。こちらは、ペル・セー・ウス号。現在、地球の衛星軌道上に出現し……謎の敵影と交戦中です』
コンピューター補正された、クリムゾンレッドのソバージュヘアをした少女が、必至に訴えかけた。
『敵は恐らくサブスタン……で、わたしの艦は多大な損害を被り、退避せざ……得ません』
完全ではない補正のため、映像も音声も所々にノイズが入っている。
「どう言うコトだ。アンティオペー艦長の艦は、木星の企業国家の創った、最新鋭の戦艦じゃねェか?」
答えるコトの出来ない過去のアンティオペー艦長の映像に、怒鳴り散らすドス・サントス。
『敵サブスタンサーは、わたしの艦を追尾する……無く、地球に降下して……ました。カメラが捉えた映像を、そち……送ります』
その台詞を最後に、停止してしまうアンティオペー艦長の顔。
「映像、以上になります」
「アンティオペー艦長が言っていた映像ってのは、送られて来ているのか?」
「はい。スクリーンに、出します」
オペレーターの男が機器を操作すると、スクリーンの映像が可愛らしい少女から、地球を背景にした広大な宇宙へと切り替わった。
「こ、これは……」
驚愕の顔で映像を見つめる、トラロック・ヌアルピリの代表。
映像には、地球に落ちていく非常に小さな点が、映っている。
カメラが拡大されると、ノイズの乗った人型の影が浮かび上がった。
「ど、どう言うコトだ。コイツは、ケツァルコアトル・ゼーレシ……」
「代表! セノーテの上空に、広範囲の高熱源反応!」
代表の言葉を遮る、オペレーター。
「な、なんだと!?」
「セノーテの地上カメラの映像、出します!」
オペレーターが、再びスクリーンの映像を切り替える。
スクリーンには、放射能にまみれた黒い雨を降らせる、分厚い雨雲を突き抜け地上に降り注ぐ、流星群が映し出されていた。
「バ、バカなコトが。あの小僧が、裏切ったって言うのか!?」
手の込んだ彫刻が掘られた飴色の机に手を突き、立ち上がるドス・サントス代表。
「流星の1つが、このセノーテを直撃します。代表、急ぎ退避を……」
オペレーターの男の喚起(かんき)の声が、激しい振動と低い轟音で掻き消される。
「な、なにが……起きてやがるッ!?」
トラロック・ヌアルピリの代表が天井を見上げると、グラグラと揺れていたシーリングファンが外れ、果物カゴの置かれたテーブルの上に落ちた。
「オレは、こんなところで……」
ドス・サントスの執務室が、真っ白な光に包まれる。
ユカタン半島に起きた製薬会社に端を発する企業国家、トラロック・ヌアルピリの代表にして国家元首は、こうして地球上から姿を消した。
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