沈み行くセノーテ
ドーム内部の事故で、亡くなった人々の遺体は、そのままドッグの水の中へと沈められた。
それが、彼らが先祖から引き継いで来た文化であり、仕来りでもある。
「お疲れ様、貴女たち。大丈夫そう?」
アーキテクターである、トゥランが聞いた。
「あ、ああ。アタシらは、何とかな。正直、死体を運ぶのは恐ろしかったケドよ」
「アレは、慣れるモノじゃない……」
「そうね。でも心配なのは、あのコの方よ」
真央、ヴァルナ、ハウメアの視線は、アフォロ・ヴェーナー内部のラウンジで、ソファーに突っ伏す栗毛の少女に向く。
「セノン、事故はお前のせいじゃ無いって。お前が居なきゃ、もっと大勢の命が失われていたんだ」
真央がセノンの横に座り、クワトロテールの頭を抱き寄せた。
「そう、セノンは良くやった……」
「セノンが頑張ってくれなきゃ、このドーム自体が潰れてたんだ」
ヴァルナとハウメアも、親友の少女を慰(なぐさ)める。
「で、でも……わたしが……もっと上手くやってれば……」
けれども栗色のクワトロテールの少女の後悔が、消えるコトはなかった。
「今、テル・セー・ウス号から、連絡が入ったわ。地球の衛星軌道上に現れた謎のサブスタンサーは姿を消し、異次元より降り注いだ隕石の群れも、現れなくなったと……」
トゥランが、事実のみを伝える。
「そ、それじゃあ、このセノーテも、持ち堪(こた)えるってコトか?」
「残念だケド、セノーテは隕石の直撃を受けてしまっているわ。海水の浸水は止まらず、この海底ドッグが放射能で汚染された黒い水で満たされるのも、時間の問題ね」
「やっぱ、宇宙に避難しないとダメか……」
「せっかく敵を退(しりぞ)けたってのに、ここを放棄しなきゃ行けないだなんて」
ヴァルナとハウメアも、やり切れない気持ちを抱えていた。
「新たなセノーテを開拓しようって矢先に、悔しいね」
「仕方ないさ。ここはアタシらの生まれ故郷だし、名残り惜しくはあるケドね」
「アフォロ・ヴェーナーには、また宇宙と地球を往復してもらうコトになるよ」
汚水の巨人の群れとの戦いを終え、遺体の埋葬作業を終えた、セシル、セレネ、セリスの3姉妹が、無理やり自分を納得させる。
「ドス・サントス代表も、亡くなってしまったしね」
「その上、国土までもが、汚水の下に沈んでしまう」
「これで、トラロック・ヌアルピリも、終焉を迎えるんだね」
寂しそうに呟く、マレナ、マイテ、マノラの3姉妹。
「なんだよ、姉貴たちは弱気だなァ」
「国なんて、人があってのモンだろ」
「アタイらが生きてる限り、トラロック・ヌアルピリは無くならねェよ」
末妹のシエラ、シリカ、シーヤの3姉妹が、あっけらかんと言った。
「アンタらは、ポジティブって言うか、お気楽って言うか」
「国なんて、人あってのモン……か」
「確かに、その通りかもな」
セシル、セレネ、セリスのの3姉妹も、妹たちのポジティブな思考を受け入れ、微笑む。
「計算だと、4往復でこのセノーテの住人を全て宇宙へ運べるわ。最後の2回は、貴女たちのサブスタンサーを載せてね」
「了解だ、トゥランさん。セノンは、どうする?」
真央は、落ち込む親友の気もちを聞いた。
「おじいちゃんが……まだ帰って来てませんから……」
小さな声が、真央の耳に返って来る。
「だよあ。アタシらは、最後まで残るか」
「セノンだけ、置いてけない……」
「だね。セシルさんたち、それでイイ?」
「ああ。アタシらは、構わない」
セノーテ生まれの9人の少女たちは、真央たちの提案に納得した。
「プリズナーも、宇宙斗艦長を迎えに行ったままだモノね。ここが完全に水の中に沈むまでに、まだ時間はあるから、それまでに帰って来てくれればイイんだケド」
プリズナーの相棒(バディ)である女性型アーキテクターは、生きのこった住人を載せたアフォロ・ヴェーナーで、再び宇宙へと飛び立って行った。
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