天才建築家
「こんな身なりでは、説得力が無いのも当然か」
ティ・ゼーウスのハートブレイカーによって、治療された男は何とか自力で立ち上がる。
「だがわたしは、10年の年月を費(つい)やし、たった1人でこの迷宮を完成させたのだ」
ダエィ・ダルスは髪も髭も伸び放題で、皮膚も垢で汚れていた。
「これだけ広大で複雑極まりない迷宮を、たった1人で創っただって。一体誰が、信じるってんだい?」
首を傾(かし)げる、サタナトス。
「わたしはこれでも、天才建築家と呼ばれた男なのだ。わたしの建築家としての設計技術と、我が剣『ダイア・レイオン』さえ在ればこそ、成せる業(わざ)だ」
永きに渡る地下牢生活で、何年も身体を洗ってないだろう男は、自信あり気に言った。
「なるホド、剣の能力か。それなら少しは、納得したよ」
人を魔王や魔物に変える剣の主(あるじ)は、偉大なる天才建築家の言葉に頷(うなず)く。
「で……そのダイア・レイオンと呼ばれる剣は、今持っているのか?」
ティ・ゼーウスが、問いかけた。
「剣が手元にあったなら、こんな姿で何十年も牢獄に繋がれては居ないさ」
遠回しな物言いをする、ダエィ・ダルス。
「だったら剣は、今どこに……」
「ミノ・リス王の元にあるに、決まっているだろう。少しは、頭をはたらかせろよ」
ティ・ゼーウスの言葉を遮(さえぎ)る、サタナトス。
「察しが良いな、金髪の少年」
「ボクは、サタナトス。命の恩人の名前くらいは、覚えてくれないかな?」
「確かに1理あるな、サタナトス。これからは、名前で呼ばせて貰おう」
素直に応じる、天才建築家。
「ミノ・リス王はわたしに、自らを護るための迷宮の作成を依頼した。高額の報酬や地位を約束されたわたしは、王の求めに応じたのだ」
「だが約束は、守られなかったのだな?」
ティ・ゼーウスが、話の先を読む。
「ああ。王は約束の報酬を渡さないどころか、わたしの妻を殺し、我が剣と息子まで奪った」
「そんでアンタ自身も、牢に繋がれちまったのか。お気の毒に」
「ダエィ・ダルス。キミがこの迷宮を作ったので在れば、当然ミノ・リス王の王宮の間へと続く道筋(ルート)も、知っているんだろ?」
「モチロンだ。だが王の間へと続く回廊の先には、ミノ・ダウルス将軍が待ち構えている。残念だが、王の元へは辿り着けないだろう」
話を聞いた、サタナトスとティ・ゼーウスは、互いに顔を見合わせた。
「そこは、問題ないんじゃないかな。ミノ・ダウルス将軍の部下の1人である女将軍を、始末して来たばかりだし」
「雷光の3将か。牢に繋がれていたから、今の雷光の3将の実力は知らんが、わたしが王の元で建築家として迷宮を創っていた頃の雷光の3将ですら、ミノ・ダウルス将軍の前では手も足も出せなかったのだ」
「どんなに強くても、ボクの剣の前じゃ関係ないと思うよ」
サタナトスは、ダエィ・ダルスの前に魔晶剣プート・サタナティスを実体化させる。
「なるホド、古代の兵器(ロスト・アーティファクト)か。だが、ミノ・ダウルス将軍には通じないな」
「どうして、そう言い切れる?」
「ミノ・ダウルス将軍も、わたしやそこの少年と同じなのだ」
「言っている意味が、理解でき……な……」
サタナトスは、自分の発した言葉に疑問を抱(いだ)いた。
「そう言えば、ティ・ゼーウス。お前には、ボクの剣の能力が効かなかったな」
アッシュブロンドの長髪の少年に、ヘイゼルの瞳を向けるサタナトス。
けれどもティ・ゼーウスは、なにも答えない。
「ダエィ・ダルスにしても、長年に渡って地下牢に繋がれ、内臓を虫やネズミに食い荒らされながらも、今まで生き永らえている」
手を下あごにやって、考察する金髪の少年。
「まさかお前たちも、アズリーサと同じ……」
サタナトスは、最愛の妹の名を口にした。
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