ダエィ・ダルス
牢に繋がれた人物は、アメジスト色の剣の妖しい光に照らされ、その容姿が明らかになる。
「この男、髪はボサボサで伸びまくっているし、ヒゲもモジャモジャだ。一体、どれくらいの期間、この地下牢獄に繋がれていたんだ?」
サタナトスが、後ろの少年に問いかけた。
「さあな。それより見ろよ、男の身体。ネズミや虫が、大量に群がっているぜ」
ティ・ゼーウスに言われ、サタナトスも男の身体に目を向ける。
「こ、これは……!?」
流石のサタナトスも、一瞬たじろいだ。
両手首を鎖に繋がれた男の身体には、巨大なドブネズミや大ムカデが這(は)い回り、ゴキブリやウジ虫などが無数に蠢(うごめ)いている。
「……う……ああ……」
男は、苦痛の言葉をあげるのすらも、苦痛が伴っていた。
「コイツ、身体中をネズミや虫どもに喰われてるぞ。こんな状態で、よく今まで生きてられたな」
魔晶剣プート・サタナティスを松明(たいまつ)灯替わりに、男の身体をあちこち観察しながら感心する、金髪の少年。
「この男、オレと同じ……神の……」
「ン、なにか言ったか?」
ティ・ゼーウスのささやくような呟(つぶや)きを、聞き取れなかったサタナトスが問う。
「イヤ……それよりコイツは、まだ生きている。なにか、聞き出せるかも知れないぜ」
「こんな瀕死(ひんし)状態の、男にか?」
「フッ、忘れたか」
ティ・ゼーウスは、真っ赤な剣を男に向けた。
「オレのハートブレイカーは、いわば臓物の剣だ。コイツの喰われた臓物を、回復させる」
「待てよ。そんなコトをしたら、帰り道すら判らなくなるだろう?」
慌てる、サタナトス。
ハートブレイカーの血管の糸によって、2人は迷宮からの帰路を確保していた。
「帰路など、必要は無いだろ。オレの目的は、王の暗殺だからな」
「イヤ、あるだろ。まったく、お前ってヤツは……」
肩を竦(すく)める、サタナトス。
それでもティ・ゼーウスは、迷宮に張り巡らされた血管を全て回収してしまう。
回収した臓物を使って、男の腹ワタを回復させた。
「無くなった臓物すら回復させるとは、便利な剣だな」
「余計なお世話かも、知れんがな」
「どう言うコトだ?」
「恐らくこの男の臓物は、放って置いても勝手に回復する」
男に群がったネズミや虫を祓(はら)いながら、答えるティ・ゼーウス。
「ますます意味が、解らないんだが?」
サタナトスは疑問を顔に浮かべつつも、男を拘束している鎖をアメジスト色の剣で断ち斬る。
冷たい石の床に転がった男の身体は回復を遂げ、話せる状態になっていた。
「さあ、答えて貰おうか。お前は、誰だ?」
金髪の少年が、問いかける。
「……フフ。わたしは、ダエィ・ダルス。わたしが答えずとも、もう1人の少年は、わたしの正体に気付いていた様だがな」
牢に繋がれていた、男が言った。
「そうらしいな」
サタナトスが後ろを向くと、アッシュブロンドの長髪の少年は視線を逸らす。
「まあいいさ。それにしてもお前が、この次元迷宮(ラビ・リンス)を創った、張本人だったとはね」
サタナトスは、目の前の男が迷宮を創った天才建築家にして偉大なる発明家、ダエィ・ダルスであるコトに気付いた。
「ネズミ捕りを作った本人が、ネズミ捕りにかかってしまった。いかにも、間の抜けた話だな」
自嘲(じちょう)する、ダエィ・ダルス。
「どうして迷宮を創ったお前が、自分の創った迷宮の牢に捕らわれていた? 」
「ミノ・リス王の、怒りを買ったからだ。王は猜疑心(さいぎしん)の強いお方でな。この迷宮を創らせた後、秘密を知るわたしを迷宮に幽閉したのだ」
「この迷宮の制作にたずさわった大工や石工も、すでにこの世には居ないってところか?」
「イヤ。この迷宮は、わたし1人で創ったモノだよ」
「な、なんだってェ!」
驚きを隠せない、サタナトス。
空間が複雑に連なる次元迷宮(ラビ・リンス)は、ダエィ・ダルス1人の手によって創られていた。
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