基礎体力の違い
……均衡が、崩れた。
圧倒的に格上のフルミネスパーダMIEに対し、ボクたちデッドエンド・ボーイズは遂に、先制点を許してしまった。
「クッソ、先制されちまった!」
紅華さんが、左のライン際で悔しがっている。
レース場の順位盤のようなデザインの、電光掲示板の時計は27分を指していた。
「ここまで何とか無失点に、抑えて来たでありますが……」
「だ、だが、試合時間はまだまだあるぞ」
トリプルボランチに入った、杜都さんと雪峰さんも落ち込んでいる。
MIEの猛攻の前に、幾度となくピンチを迎えたボクたちにとっては、もっと時間が経過しているように感じていた。
「か、監督、先制されちゃいましたね」
ベンチで、新人マネージャーの沙鳴ちゃんが、不安に満ちた顔をメタボ監督に向ける。
「やはり、基礎体力の差が出始めたね」
「サッカー選手の体力って、そんなに違うモノなんですか?」
セルディオス監督に言われ、千葉 沙鳴はフィールドを見渡した。
「当然よ。フルミネスパーダMIEは、色々なクラブで実績を積んだ選手を、金の力で掻き集めて創られたプロクラブよ。それに引きかえウチは、フィールドプレーヤー全員が高校1年ね」
「ホントだ。相手はまだまだ余裕そうだケド、ウチの選手はみんなハアハア言ってる!」
体力の差は、少しずつ両チームの力の溝を広げる。
「し、しまった!?」
試合再開と同時に、ドリブルを開始した紅華さんが、あっさりとボールを失った。
「へへェ、やっぱ動揺してんな」
ボールを奪ったネロさんが、直ぐにスッラさんにボールを渡す。
「な、なにやってんだよ、ピンク頭ァ!」
右サイドに展開しようとしていた黒浪さんが、慌てて自陣に戻った。
「中盤でのボールロストは、カウンターのピンチを招くのだよ。逆にボールを奪えれば、カウンターのチャンスとなる」
けれどもロングボールが、スッラさんからトラヤさんに出されてしまう。
「ウチ、押されちゃってますね」
「みんな体力が奪われて来て、チョットずつプレイが雑になってるよ」
ベンチで心配そうに見守る、沙鳴ちゃんとセルディオス監督。
「ナイスだ、スッラ。ここは、ウインガーに徹してやるぜ」
ライン際をドリブルする、左サイドバックのトラヤさん。
デッドエンド・ボーイズの選手が、ボールにプレッシャーをかけるのが遅れた。
「マ、マズいぞ、龍丸。フリーで上げられちまった!」
「真ん中を厚くしたのが、裏目に出たな。野洲田(やすだ)、中で対処するしかあるまい」
長身センターバックの2人が、ペナルティエリア内での競り合いの準備をする。
「チッ、しまった!」
けれどもトラヤさんの上げたボールは、逆サイドへと抜けてしまった。
フォワードの頃はパスを供給される側だったからか、クロスの精度はイマイチに見える。
「た、助かったぜ」
胸を撫で降ろす、正ゴールキーパーの海馬コーチ。
「まだですよ。ボールは、タッチラインを割ってません!」
左のセンターバックの、亜紗梨(あさり)さんが注意を喚起(かんき)する。
右のタッチライン際を転がったボールに、最初に追いついたのはバルガさんだった。
屈強なチュニジア人ストライカーは、背中にあるゴールに向かって反転する。
「やらせない!」
亜紗梨(あさり)さんが、慌ててマークに着こうとした。
「マークの判断が、まだまだ遅いな」
バルガ・ファン・ヴァールは、反転の勢いを利用したシュートを撃つ。
「ンなッ!?」
タッチラインと亜紗梨(あさり)さんの間を抜けたシュートは、メタボキーパーの股間をも抜いて、逆サイドのサイドネットに突き刺さろうとしていた。
……ダ、ダメだ。
ここで失点したら、みんなの心が持たない!
必死で自分たちのゴールに向かって走り、踵(かかと)でボールを掻き出すボク。
ボールは、何とかゴールラインを割ることなく、外へと流れて行った。
「ア、アレは、ボクがフットサルでやったプレイだ」
柴芭さんが、驚いている。
タブン、柴芭さんみたいな華麗で美しいクリアじゃ無かったと思うケド、得点を防げて良かった。
ボールの替わりに、ゴールネットに引っ掛かったボクは、少し安堵していた。
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