ボルフィード・メロディカリス
「つかぬコトを聞くのだが、ミカド。ミニスターⅡ(セカンド)コアが存在するのなら、ミニスターⅢ(サード)コアがあったりは、しないのかい?」
学力テストを、ゲリラライブの中心に添えようとした、久慈樹社長。
その目論見(もくろみ)はまんまと外れ、5時間のテストの間、なんとか時間を繋ぐ作業を強いられる。
「もちろん、存在いたします。いくら多忙と言っても、プロデュースするアイドルのユニット名くらいは、把握して置いて欲しいモノですわ」
ミカドは、呆れ顔を社長へと向けた。
「すまないと、言ってるじゃないか。それで、次は誰が……」
「彼女たちは、すでにバックヤードでスタンバっております」
ミカドが言うと、ステージ裏からけたたましい重低音が鳴り響く。
「次は一体なにが、始まろうとしてるんだ?」
「さあな。だけど、もうなにが来ようが、驚かない自信があるぜ」
「アイドルのコンサートに来たつもりが、雅楽まで見せられたからな」
ゲリラライブの観客たちも、すでに驚きのステージを見せられ、慣れて来ていた。
そんな中、重低音はさらに大きくなって響き渡る。
「この音、音楽ってよりエンジン音じゃね?」
「言われてみれば、そうだな」
「車のエンジン音じゃない。バイクのマフラー音な、気がするぜ」
ドーム会場の観客席に、道路が投影される。
派手なクラクションと共に、4台のバイクが出現した。
「まさかとは思うが、ミニスターⅢ(サード)コアと言うのは……」
「ええ。彼女たちは、元レディースの暴走族ですわ」
蒼ざめた久慈樹社長の前で、ミカドがニコッとほほ笑んでいる。
4台のバイクは、いずれも光沢のあるブラックと、マッドブラックのカウル、ピカピカに磨かれた銀色のシャーシやタイヤスポーク、エンジンをしていた。
ヘッドライトは、ライオンやクマなどの頭部がデザインされ、両目から光が出ている。
リーダーらしきバイクの背中には、大きな黒い旗(フラッグ)が揺れていた。
「ゲゲェ、今度は暴走族かよ!」
「オレの予想を、遥かに超えて来たァ!」
「まったく次から次へと、飽きさせないぜ」
観客席の上に投影された公道を、我が物顔でゆったりと走る4台のバイク。
黒い旗には、白文字にピンクの縁取りで、ボルフィード・メロディカリスと染め抜かれていた。
「暴走族って言っても、なんだかかなり古い時代の暴走族だな」
「ああ。黒い繋ぎに黒塗りのバイクってのも、上の世代な感じだぜ」
「そもそも、暴走族自体が絶滅危惧種だしよ」
全盛期には、200台を追えるバイクが連なって走るコトも少なくなかったと聞く、暴走族。
/少子化の極まった日本では、10台ですら稀になってしまったらしい。
「確かに族って、最近見かけないな」
「え。ウチの地元、今でも普通に居るよ?」
「マ、マジかよ。どんだけ田舎だ!」
ボクが憧れた、昭和の時代の教師ドラマでは、当たり前に存在した暴走族。
学校内でバイクを乗り回し、公道で平然と車を止め赤信号を突き進んだ彼らも、時代の波に消えてしまったのかも知れない。
観客席の上空を周回した4台のバイクは、ステージへと着陸した。
「アタシは、レディース暴走族・ボルフィード・メロディカリスの元リーダー、降夜 恋(ふるや レッティ)だ。ヨロシクな」
フラッグを背負ったバイクのライダーが、金色の獅子がデザインされたヘルメットを取り挨拶をする。
「ヨロシクって、やっぱ夜露死苦(よろしく)なのかな?」
「さあな。知るかよ」
レッティは、ストロベリー色のリーゼントに、後ろに長い髪を垂らしていた。
ブラックレザーの繋ぎの下はミニスカートになっていて、唯一と言ってイイくらいに、そこしかアイドルらしい部分は無い。
「今は、ミニスターⅢ(サード)コアって、湿気(しけ)たネーミングのアイドルユニットやってんだ。まずは1曲披露するぜ」
舞台に置かれていた、黒いギターを鳴らすレッティ。
「赤い月の夜風」
バイクを降りた4人が演奏を始めたのは、ロカビリーだった。
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