完璧なるステージ
「わたし……ミカドとサトミ、レインのユニット名は、プリンセス・オブ・ダークネス」
ミカドが、悪戯(いたずら)なウィンクを投げながら、観客たちを扇動する。
「今度の曲は、サイキック・メイルストローム。ヨロシクゥ!」
ガラスの塔から光が4方8方に広がり、ドームの天井や客席に、光の渦を映し出した。
ステージからレーザー光線が飛び、サイキックの名に相応しい空間を作り出す。
「ス、スゴイな。もう観客席と、1体になっている」
ボクや久慈樹社長は、再び舞台袖に下がり、再びステージを後ろから見ていた。
プログレッシブ・ロックの優雅で荘厳なメロディに、ミカドの力強い支配的な歌声が乗る。
サトミとレインも、個性的な声で重奏したりエコーソングのようにミカドのボーカルを追っかけたりと、長い楽曲の中で曲調がさまざまに変化して行った。
「アレだけの自信も、当然と言うべきか。素人ながら、かなり難しい曲なのは理解できる。それを、完璧に歌い切ってしまうとは……」
正直、ボクの生徒たちのアイドル曲とは、レベルが違う。
12枚の黒い羽を広げて、飛翔するミカド。
バックには、アメジスト色に輝くガラスの塔があった。
「地上に舞い降りた、天使長……ルシファーか」
「キレイだよなァ、ミカド」
「威厳もあるし、アイドルとしてのオーラが別格だぜ」
サトミはステージから走り出し、観客席に向かってダイブした。
魚型の黒いレインコートと、海ヘビのようなシッポを持ったサトミ。
観客席の上を、クネクネと低空飛行で駆け回る。
「うわッ、今オレの上通った!」
「パンツ見えてたよな。でも遠目に見ると、ヘビみたい這ってるぞ」
「リヴァイアサンってコトだろ。可愛いリヴァイアサンだがな」
ステージに1人残されたレインは、変わった形の椅子に座って本を読んでいる。
彼女のパートの歌詞は、誰かになにかを問いかける、疑問形になっていた。
「レインってコ、1人だけ地味だよな」
「あの清楚な感じ、オレは好きだぜ」
「表情が無いのが、逆にミステリアスで良いんだ」
まるで、本物のプログレッシブ・ロックバンドのように、美しく完成された曲が終焉を迎えると、観客席から万雷の拍手が湧き上がる。
7分を超える曲であったにも関わらず、誰1人として飽きさせない歌唱力と演出を、彼女たちは魅せた。
「ヤレヤレ。これでは草葉の陰で、アイツも喜んでしまっているじゃないか」
苦笑いを見せる、久慈樹社長。
アイツとは、ミカドたち3人が所属していたアイドルプロデュース会社の、若き経営者のコトだろう。
彼は、ユークリッドにTOB(株式公開買付)を仕掛けられ、会社を乗っ取られて落胆し、自ら命を絶っていた。
「どうも、アリガトー」
「みんな、楽しんでくれたかな?」
「わたし達、プリンセス・オブ・ダークネスのステージは、これで終わりです」
「ええ、なんでだよ!」
「たった2曲じゃねェか。もっと、聞きたいぜ」
「テストなんか止めちまって、ステージ続けてくれよな」
ドーム全体に、ステージの終わりを惜しむ声が広がる。
「ゴメンなさいね。ステージで完璧に披露できるのは、今は2曲だけなの」
「あ。でも今の2曲は、直ぐにシングルカットされるから、みんな買ってね」
「心配しなくとも、みなさんすでに買ってくれてますよ」
ユークリッターを見ると、売上チャートも爆発的に伸びていた。
「まったく、アナタのプロデュース能力には、恐れ入りますよ」
「フフ。ウチには、優秀なスタッフが揃っているのだよ。とくに元アイツの会社のスタッフなどは、ミカドたちのステージを成功させようと、労基ガン無視で働いていたからね」
「経営者がそれを言ってしまって、大丈夫ですか?」
「知らないのかい。この国の労働基準監督署は、怠けモノなんだ」
久慈樹社長は、いつものように嘯(うそぶ)いた。
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