クロスオーバー
「今度は、コズエが行ッくよ~!」
アキラの勇壮なステージが終わると、ステージにクロスオーバーでコズエが躍(おど)り出た。
ステージに、夏のビーチの風景が広がる。
SE(効果音)として、波の音やカモメの鳴き声が流れて来た。
「わたしの曲は、『スマイリー・アイス・スマイル』!」
マイクをキツネのカタチの手に握り、観客席に向かってウィンクした。
冥府のアイドル(ベルセポリナー)なので、黒くはあるコズエのコスチューム。
浮き輪のデザインされたミニスカートなど、水と氷の悪魔に相応しいデザインをしていた。
「うぉわ。今度は、正当派アイドルって感じの曲だな」
「コズ、マジ可愛い!」
「オレ、ファンクラブ入る」
アイドル会場らしい雰囲気になった観客席の上に、色取り取りの巨大なビーチボールが落ちて来る。
「また、フォログラムかなにかか?」
「これデカいけど、本物のビーチボールだ」
「軽いから、ビーチバレーが出来ちゃうわ」
観客席の間を、巨大なビーチボールが行き交っていた。
そんな中、コズエは楽しそうに歌い続ける。
けれどもその歌詞は、友達と海水浴に来た少女が、女を連れた彼氏を見つけると言う内容だった。
「1人1人が、スゴい技量だな。だけどココは本来、アイドルのコンサート会場じゃない」
ボクは、生徒たちが国語のテストを受けている、ガラスの塔を見上げる。
今は演出として氷の柱のようになっていて、コズエの笑顔だけが映っていた。
「ありがとね、みんな~。コズのシングルも、みんなヨロシクだよ。じゃねェ~」
あえて鼻声で宣伝をした後、コズエはステージを走り去る。
今度は、緑のミリタリー帽子を被ったトウカが、クロスオーバーで現れた。
「ンじゃま、アタシも行きますか」
トウカは灰色のマントを翻(ひるがえ)すと、背中に装備された6本のSFチックなライフルがレーザー光線を乱射し始めた。
「ゲゲッ、今度は空中に的(ターゲット)が現れたぞ!」
「しかも高速で動く的に、トウカの撃ったレーザーが当たってる!」
「そ、そう計算されてんだろ」
ドーム会場の内部は暗くなり、発光するターゲットにレーザー光線が飛び交う。
まるでゲームセンターのような空間が、観客席の上に展開されていた。
「アタシの曲は、『セーリング・スナイパー』」
ステージが、真っ白にフラッシュする。
それはまるで、閃光弾のようだった。
軽快なサイバーパンクな曲調に、普段の気の抜けた声とは別物の、力強い歌声。
その間にも背中のライフルは、高速移動の的にレーザー光線を当て続ける。
「的が、次々に破壊されて行くぜ」
「見ろよ。ガラスの塔に、スコアみたいな数字が出てる」
「ホントだ。凄まじい勢いで、数字が上がって行ってるぞ」
プロゲーマーの集う会場の雰囲気に近づく、ドーム。
ボクはスコアよりも、生徒たちのテストの残り時間の方が気になっていた。
「さあ、次はサツキだよ。後は任せたァ~」
いつもの飄々(ひょうひょう)とした口調に戻ったトウカが、サツキとクロスオーバーする。
「ハイハイ、任されましたわ。さて、メンバーの3人もバシッと決めてくれたコトだし、ここはリーダーの意地を見せなくっちゃね」
ウィンクする、サツキ。
コズエとは違った大人っぽさがあり、観客席を虜にした。
「わたしの曲は、『ブローイング・イン・ザ・ラブウィンド』」
優雅さの中にも、力強さのあるサツキの歌声。
ガラスの塔の上に、ピンク色のミラーボールが現れ、鮮やかな光を放つ。
さならが会場は、バブル期のディスコの様相を呈していた。
「バラードの次は、テクノロックっぽい曲も歌えてしまうのだな」
ボクの隣で、簡単の声を上げる久慈樹社長。
サツキが再び万雷の拍手を浴びる頃、デジタル時計は国語のテスト時間の、終わりを告げていた。
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