音速のペガサス
メタボ監督の汚らしい土産話によって、緊張をほぐされたボクたち。
シュート練習を終えて、軽いランニングをしていると、いきなり観客席から黄色い歓声が沸き上がる。
「キャー、カイザよカイザ。めっちゃステキー!」
「なによ、ロムの方がカッコいいに決まってるでしょ」
「2人とも、わかってないな。スッラでしょ。スッラが1番!」
1万4000人を収容するスタジアムには、大勢の女性サポーターの姿があった。
赤と黒のチームカラーのユニホームを着て、入場時に配られたのか同色のウチワを持っている。
「オイ。見ろよ、ピンク頭。メッチャ大量の、女のコたちが詰めかけて来てるぜ」
俊足のドリブラー、黒浪さんが並走する紅華さんに声をかけた。
「ケミカルライトを、持ってるヤツまで居るぜ。アイドルコンサートと、勘違いしてんじゃねェ?」
「せやな。ハチマキ巻いてハッピ着とる、ねーちゃんまでおるわ」
金刺さんが指摘した通り、観客席には赤と黒のハッピ姿の女のコもいて、背中には背番号と贔屓(ひいき)の選手の名前がプリントされている。
「しかしこのスタジアムも、変わった構造でありますな。電光掲示板が3カ所に設置されてますぞ」
「ホームとアウェーのゴール裏と、それにバックスタンドですか。確かに疑問ですね。普通は1カ所で十分のハズですが、なんの目的で設置しているのでしょう」
杜都さんと柴芭さんは、スタジアムの構造に目を向けた。
「確かに、けったいな造りしとるわ。バックスタンドのなんか、やたらとデカいし」
「前に、ステージみたいなのもあるな。これから、コンサートでも始ま……」
紅華さんが言いかけたとき、バックスタンドの電光掲示板の前に設置されたステージから、スモークが吹き上がる。
……と同時に、スタジアムの全周囲から、花火が青空へと上がった。
「オワァッ、びっくりしたァ!!」
珍しく声を上げて驚く、ピンク色ヘアのドリブラー。
スタジアムにハデな音楽が鳴り響き、ステージに赤と黒の衣装を着た男たちが姿を現した。
「な、なんだ、なんだァ!?」
「マ、マジで、アイドル出て来ちまったぞ!」
「ホンマ、どないなっとるんや?」
先頭を走る、黒浪さん、紅華さん、金刺さんが、ランニングの足を止める。
けれども後続もすでに止まっていて、ぶつかるコトは無かった。
「レディーーーーース、アンド、ジェントルメェーーーーンッ!!」
ステージの先頭に立った男は、真っ赤なスーツを難なく着こなし、両腕を広げ挨拶する。
「本日はお集まりいただき、誠にアリガトウ。今日は、我らがフルミネスパーダMIEが、日本サッカー界の頂点を目指しスタートダッシュを決める、記念すべき日だ」
ボクは、その人の顔に見覚えがあった。
「ボクは、チームオーナーの有葉 路夢(あるば ロム)。かつて、このスタジアムを取り巻くサーキットで、レーシングカーに乗って走っていました」
そう、彼はロムさんだった。
ボクは、ロランさんと間違われて静岡に連れて行かれたとき、練習試合で直接顔を合わせている。
「キャーーー、オーナーまでメチャクチャカッコいい!」
「そりゃそうだぜ。なんせ有葉 路夢っつったら……」
「音速のペガサスの異名を持つ、スペシャルなレーサーだったんだからよ」
観客席の目を、一瞬で集めてしまうロムさん。
「ボクは子供の頃から、世界で戦えるレーサーを目指して、毎日サーキットに出て車を飛ばしていたのです。ですがある日、ボクはコーナーを曲がり切れずバリケードに突っ込み、事故で全てを失いました」
ロムさんの思い出話を聞き、スタジアムもいく分静かになった。
「1年をかけて復帰はしたものの、右脚は折れてペダルを踏む力がどうしても入らず、右目も視力をほとんど失ってしまいました。正直、人生終わったって思いましたよ」
男のアイドルたちを背中に、チーム開幕の想いを語る、音速のペガサス。
「でも、絶望のどん底にあったボクに、声をかけてくれた人がいました」
メインスタンドの貴賓席に、視線を移すロムさん。
「……それが、日高オーナーだったのです」
そこには、日高オーナーらしき人物の姿があった。
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