クレ・ア島
「クレ・ア島の半分を治めるのが、ミノ・リス王と言う人物でな。なんでも北方の小さな島国の連合に戦争を仕掛けて制圧し、貢物を差し出させているそうじゃ」
潮風に自慢の黒髪を靡かせながら、ルーシェリアが言った。
一行は今、3隻の中型船で船団を組んで、クレ・ア島にあるラビ・リンス帝国の王都、クノ・ススへと向っている。
「なんで偉い人って、戦争をしたがるんだろ。領土を広げて、なんの意味があるんだ」
戦争孤児である舞人は、戦争を好む王の気持ちが理解できなかった。
「意味なら、あるではないか。人間の国などと言うモノは、戦争をして勝った者たちが領土や権利を主張できるのであろう。先祖が血生臭い行為で勝ち取った土地に、ご主人サマも住んでいるのじゃよ」
「それを言われると、そうなんだケド……」
元魔王の少女とは、やはり価値観が違うと感じる舞人。
「今回の潜入捜査など、カル・タギアによる内政干渉に外ならぬのじゃ。バルガ王を始め政権幹部が介入するのを嫌がる任務を、ご主人さまは考えなしに引き受けおって」
「バルガ王は、ただ戦争を止めようとしてるだけだろ」
分が悪くなった舞人は、青い髪を掻きながら目線を逸らす。
「ご主人サマは、戦争を止められる自信があるのじゃな?」
ルーシェリアは、その任務の意味を舞人に問いただした。
「あ、あるワケ無いだろ」
「ヤレヤレじゃのォ。自信満々に、言うでないわ」
即答する舞人に、呆れる漆黒の髪の少女。
「でも、もし止められるんなら、戦争を止めたい。大勢の人たちが、死なずに済むなら……」
ルーシェリアの瞳に映った少年は、純粋にそう言った。
「まったく……ヤレヤレじゃの」
踵(きびす)を返し、船首の方へと歩いて行く元魔王の少女。
その先には、鼻歌を歌いながら舵を操る、船長の姿があった。
船長は、コーヒー色の肌をした痩せ気味の巨漢で、貝殻で装飾した長いドレッドヘアをしている。
「ずいぶんと、ご機嫌じゃのォ。これから、きな臭い国に行くと言うに」
「オレは漁師だったんだが、こないだの津波で船をやられちまってよ。でもバルガ王が、こんな立派な舟をくれたんだ。中古だって言うが、これだけ走れば文句はねェぜ」
「この船は、漁船ではなく商船なのじゃろう。構わんのか?」
「そりゃ、漁船に越したコトァねェがよ。海の上に居られるだけ、マシさ。ウチの漁村は貧しくてよ。漁ができない冬なんかは、傭兵として戦争に行ってたくらいさ」
「人の世も、難儀が多いのォ」
船長の話を聞き、ルーシェリアは人間の世界の大変さを再認識した。
「ところで船長は、なんと言う名じゃ?」
「オレは、ティンギスってんだ。それより嬢ちゃん。こっから先は、ヤバい海域だぜ」
商船の船長は、暗くなった前方の空をアゴで指し示した。
「アレが、クレ・ア島じゃな。ずいぶんと、巨大な島じゃのォ」
「そりゃあ、相当デカい島だぜ。こっから北に存在する島国の城塞都市(ポリス)群を、制圧しちまってるくらいだからな」
島は、陸に辿り着いたのかと見紛(みまご)うほどに巨大で、大きな山が海岸からそびえている。
切り立った海岸線の手前には、中規模の大きさの島がいくつかあって、その周りには小規模な島が点在していた。
「島の南の辺りは、海岸線が入り組んでいる上に暗礁も多くてよ。海洋交通の、難所なんだ」
「なるホド、潮が渦を巻いておるわ」
船の縁(へり)から、身を乗り出すルーシェリア。
「嬢ちゃん、落っこちるなよ」
「心配せずとも、妾は飛べるでの。ホレ、この通り……」
コウモリの羽根を生やし、空中に飛翔する漆黒の髪の少女。
その時、ルーシェリアを何かが襲った。
「のわッ! な、何じゃ!?」
攻撃された頭を抑えて振り返ると、そこには羽根を生やした女性たちの部隊が空に舞っている。
「ヤッべ。ハル・ピュイアだ。いつの間にか、アイツらの領域(エリア)に入り込んじまってたんだ」
慌てて舵を切る、ティンギス。
けれども島周辺の潮の流れは凄まじく、中々軌道を修正できない。
「ここは、我々ハル・ピュイアの領域だ。許可なく入る者は、誰であろうと容赦はせぬ!」
羽根を生やした女性の中で、隊長格であろう人物が号令すると、彼女の部下たちは船の周りを旋回しながら、一斉に攻撃を仕掛けて来た。
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