戦術論
「お前の情報が正しいのであれば、ウチがお前の姉の事件について、多少なりとも関わっていると言うのは事実なようだな」
エトワールアンフィニーSHIZUOKAのオーナーは、また新たな難題を抱え込んだ。
「アンジェの揺すられた原因が、エトワールアンフィニーがウチを買収しようとしたからなんです。大いに関わっていますよ」
「だからと言って、ウチが責任を負う問題では無いハズだ。買収も、合法的に行われている」
「オ、オーナー。アナタはまだ……」
オリビさんも、冷静では居られない。
「真に責任を負うべきは、お前の姉を脅迫した賀野と言う男だろう」
「もちろんヤツには、責任を負わせますよ。その為に、弁護士と契約したんです」
ガラステーブルを挟んで、睨み合うロランさんとシャルオーナー。
「ですが、人を揺するようなヤツが主導した買収劇です。本当に、合法的に行われたと言えますか?」
「そ、それは……まさか お前は、ウチを訴える気か?」
「選択肢としては、考えてます」
「今はチームが始動する、大事な時期なんだぞ」
「だからこそ、今なんです。姉は、オレたちの自由なサッカーを護ろうとしてくれた」
ロランさんは、まっすぐにシャルオーナーを見ていた。
「残念だが、自由なサッカーは現代では通用しない。とくに、上に上がれば上がるホドにな」
オーナーも、1歩も引かずにオーナーを直視する。
「個人技を主体としたあのブラジルですら、今の時代は戦術を軽視できなくなっている。もっともブラジルは、昔から高度な戦術を持ってたのだがな」
「4-4-3の、スリートップのどちらかに人を置かない、ブラジルスタイルと呼ばれるシステムのコトですね。それにまずは個人をベースに考えるから、左右非対称のフォーメーションとなる」
ボランチとしての能力をスッラさんに認められた、アルマさんが言った。
「ロラン。おまえはあくまで、自由なサッカーをしたいのだな?」
「はい、壬帝オーナー。これは、オレの我がままです。もし……」
「受け入れられなかったら、ウチを離れる……と?」
「アンジェには申しワケないですが、そうなります」
エトワールアンフィニーSHIZUOKAのオーナーと、チームのエースとのサッカー観の違い。
2人の意見は、平行線で交わらないように見える。
「ならば試合をしよう。お前とオレ、どちらのサッカーが優れているか、もっとも解かりやすい方法だ」
「そうですね。もちろん、受けて立ちますよ」
即断する、ロランさん。
「ですが、オーナー。チーム分けはどうするんです?」
「オレのチームには、アルマ……お前がキャプテンとして率いてもらう」
「ボクが……ですか」
「ですが、オリビはウチに貰いますよ。元チームに居たメンバーは、もはやオレとオリビだけなんです」
「構わんさ。だがランスとべリック、それにオレがフランスから連れてきたヤツらは、ウチのメンバーとさせてもらう」
「そ、それでは、あまりにも一方的な戦力じゃないですか」
「仕方ないさ、オリビ。それくらいの覚悟は、できていた」
「ロラン、お前……」
「ですが、彼を貰っても構いませんか?」
ロランさんの瞳が、ボクを見た。
……へッ?
な、なんか、また帰るのが伸びそう。
「お前の影武者のコトか。別に、構わんが」
ボクの参加は、あっさりと了承される。
「ならよ、オレもロランのチームに、参加させてもらうぜ」
いきなり事務所の扉が開き、大柄な男が入ってきた。
「イヴァンか。てっきり荷物をまとめて、出て行ったと思ったのだがな」
「そのつもりだったんだがよ。メンド臭ェ手続きやらが残ってたんで、戻ってきたんだが……アンタら、面白い話をしてるじゃねェか」
「盗み聞きか。なるホド、お前らしいな」
「入りたくたって、入れる雰囲気じゃ無かったんだよ!」
確かに、それもそうだ。
「どうだ、オレの参戦は認めてくれんのか?」
「構わんさ。戦術をもっとも理解しないお前が入ったところで、チームが弱くなるのが目に見えているからな」
シャルオーナーはイヴァンさんに、サッカー選手にとってもっとも侮蔑的な言葉を贈った。
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