恋人探偵
「お客様。鎧を着たままでのご入店は、お断りしております」
海底の街のカフェで、スマートな衣装に身を包んだ男のマー・メイディアが小さく頭を下げる。
カフェとしては高級感の漂う店は、夜になると酒を提供する盛り場へと変貌し、マーメイドスタイルのドレスを着たマー・メイディアたちの社交の場となっていた。
「やはりこのカッコウで、ソファに座ればどうなるかなど容易に想像できるからな」
刺々しい赤い色の重鎧に身を包んだ少女が、小声で呟く。
「悪ィな、キティ。どこかで、着替えて来ようぜ」
「だ、だが、ベリュトス。着替える服など、持ち合わせて無いぞ」
頬を赤らめる、キティオン。
「それじゃ、どこかのブティックで揃えるとしよう」
「……オ、オイッ!」
ベリュトスは、幼馴染みの武骨なガントレットの手を取った。
しばらくすると、カフェの男のマー・メイディアの前に、先ほどの客が現れる。
「これで、文句はないよな?」
ベリュトスにエスコートされて現れたのは、美しい紫色のドレスを着た少女だった。
「もちろんでございます。どうぞ、ご入店ください」
店員のマー・メイディアは、丁寧に頭を下げる。
「行こうぜ、キティ」
「あ、ああ……」
2人は両開きの扉を押しのけて、入店した。
「なあ、ベリュトス。わたしなど、どう見ても場違いだろう」
店の天井には夜光虫のランプが蒼く輝き、カウンター席には巻貝を逆さにした椅子が並んでいる。
「そんなコト、無ェって。似合ってるぜ、そのドレス」
「バ、バカ。からかうんじゃない」
「マジで言ってるんだがな……よし、あそこにしようぜ」
2人が奥に入って行くと、小さなテーブルサンゴのテーブルに、貝殻や木などの部材で組まれた椅子が2脚、向かい合って置かれた席があった。
「ベリュトス、お前勘違いしてないか。わたし達は、デートに来たのではないのだぞ」
「わかってるさ。でも情報を得るには、デートに見せかけた方が好都合だろ?」
「そ、それは、確かにそうだな……」
少し残念そうな、キティオン。
2人は軽いカクテルと、煮込んだ魚の料理を注文する。
「ここはペイトー女王の側近や、親衛隊のヤツらも利用するカフェらしい。兄貴が生きてた頃に、名前だけは聞いていたんだ。もっとも今の時間帯は、ただの酒場だケドよ」
「なるホドな。向かいの席で酒を飲んでいるのは、女王の親衛隊隊長の1人みたいだ」
「ン、そうか。それって、アドメーテーとか言う、女の子だったんじゃ?」
「タツノオトシゴの鎧を着た部隊は、2部隊あっただろう。アドメーテーと彼女は、左右の部隊の先頭に立って居たから、恐らくもう1隊の隊長だ」
「お前、よく解かるな。鎧を着てないから、ぜんぜん気付かなかったぞ」
ベリュトスがチラリと横目を向けると、アイボリーのドレス姿のマー・メイディアが、1人でカクテルを飲んでいた。
「どうするよ、キティ。話しかけてみるか?」
「イヤ、その必要は無さそうだ。彼女の率いる部隊が、合流したようだからな」
アイボリーのドレスを纏(まと)ったマー・メイディアを囲むように、7人のマー・メイディアたちが、ホタテ貝のような椅子に座る。
彼女たちの前にあった大きなテーブルサンゴの上は、すぐに美味しそうな料理と酒で埋まった。
「8人にしたって、けっこうな量の料理だな」
「晩餐会では、彼女たちは警備に当たっていたからな。仕方のないところだ」
2人が、デートを装って聞き耳を立てていると、8人のマー・メイディアたちは会話を始める。
「まさか、あのメ・ドゥーサの息子が、カル・タギアの王さまになっていただなんてね。これは、厄介なコトだよ」
最初に口を開いたのは、アイボリーのドレスのマー・メイディアだった。
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