カルキノスの鎧
「わたし好みの、美しい像に仕立ててあげるわ」
ゲー・メーテルは、妖艶に身体をうねらせながら石化するバルガ王を見つめ続ける。
「忘れちまったのか、オレの剣の黄金化の能力を」
「もちろん、覚えているわよ。そうやって必死に、自分の身体の薄皮1枚を黄金に変えて、邪眼剣エレウシス・ゴルゴニアの石化を防いでいるのでしょうケド……いつまで持つのか、見ものね」
「イヤ、黄金化の能力は、なにも自分自身に使うだけじゃ無ェってコトだ」
黄金の長剣黄金剣クリュー・サオルが、金色の輝きを放つ。
「な……ッ!?」
ゲー・メーテルは、自身の身体を確認する。
大地母神の、乳房がいくつも並んだ胴体に、大きな傷が袈裟(けさ)斬りに付いていた。
「やったぜ、バルガ王。いつの間にか敵に、1撃を与えてやがったんだ!」
「喜ぶのは、早いわ。相手は、大地母神(マグナ・マーテル)なのよ」
喜ぶベリュトスを、たしなめるカーデリア。
「賢(さか)しいマネをするじゃない、坊や。でも、残念だったわね。この程度の能力なんて、わたしの再生能力の前では無意味よ」
ゲー・メーテルがニヤリと笑う。
袈裟斬りに付いた傷から、全身へと広がっていた黄金化の侵攻は抑えられ、逆に元の身体の状態へと戻されて行った。
「残念だったわね、坊や。悪あがきも、ここまでよ」
大地母神は、邪眼の3つ並んだ剣を大きく振り上げる。
「させるか!」
少女の声が、色を失った鍾乳洞に響き、振り上げた剣に攻撃が加わった。
「グッ、新手か!?」
勢い良く、後ろに跳ね飛ばされたゲー・メーテルが、1回転して体勢を立て直す。
「悪いな、バルガ王。遅くなった」
「お、お前は……」
バルガ王やベリュトスの傍らに立っていたのは、赤銅色に輝く鎧を身に纏った少女だった。
「キティじゃねェか。どうしたんだよ、その鎧は?」
「砦の宝物庫に、あったんだよ。お前の持って来た軽鎧じゃ、心もとなくてな」
王や幼馴染みを、石化したツタやイバラから解放しながら、赤らめた顔を背けるキティオン。
キティオンの装備する鎧は、ギザギザの装甲を幾重にも重ねた重装鎧で、背中は1枚の甲羅に覆われ、両腕はハサミのようになっていた。
「ほう。あの娘、カルキノスの鎧を着こなすとは、流石は海王の1族だけはあるな」
「カルキノスの鎧……って、なんなの、ジャイロス団長?」
カーデリアの問いかけに、大盾を構えながら答えるジャイロス団長。
「カルキノスとは、かつて海の難所に出現した大ガニの名でな。その甲羅やハサミを以て、造られたとされる鎧よ。大ガニの呪いでもかかっておるのか、着る者を選ぶ鎧でな。身動きすら取れぬ者も多く、場合によっては鎧の重さで死ぬ者さえ居たホドだ」
「そんな鎧を、ああも簡単に扱えるなんて、キティってコも戦力になりそうね」
腕を組んで、重装鎧の少女の戦いを見守るカーデリア。
「小娘風情が、イイ気になりおって。どんなに防御力がある重装鎧だろうと、石化させてしまえば砕くのも簡単なのよ」
「残念だケド、この鎧の防御力は固いだけじゃないわ」
「な、なによ、こ、これって……!?」
驚くゲー・メーテルの周囲に、真っ白な泡の塊が出現した。
周囲を見渡すと、無数のシャボン玉がフワフワと空を漂っている。
「なにかと思えば、ただの泡じゃない。こんなもので、石化を食い止められるかしら?」
「どうだろうね。試してみたら?」
「小癪(こしゃく)な、小娘ね!」
ゲー・メーテルは、邪眼剣で泡を次々と石化させる。
けれども、カルキノスの鎧は泡を無限に生み出し続け、その隙にキティオンはベリュトスと共に、バルガ王を脱出させるコトに成功する。
「助かったぜ、キティオン。それにしたって、凄ェ鎧だな」
「勝手に借りてるだけだ。もう少し、借りてて構わないか?」
大盾を構えた騎士団長に、許可を求めるキティオン。
「イヤ、その鎧を扱える者は、我が騎士団にも居なかった。お主が物と、するのが良かろう」
「い、いいのか?」
「ああ。武具とは、本来の力を発揮してこそだからな」
ジャイロス団長の許可を得て、カルキノスの鎧は正式にキティオンの所有装備となった。
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