サンゴの街
大海原を、飛ぶように走るスグアバ号。
波鎮め(ウェーブスイーパー)の異名を持つ船は、高台の村の建設現場を後にし、次の目的地へと向っていた。
「ホントに良かったのか、リュオーネ。村の再建なんて重要な計画を、アンタのお弟子さんに任せちまって。魔法の腕は認めるが、2人ともまだ子供だろう」
バルガ王が、舵を軽快に切りながら問いかける。
「実際に現場を仕切るのは、あの祀里って大工の頭領だよ。ルスピナとウティカには、経験を積んでもらいたくてね。少し背伸びを、させてやりたかったのさ」
大魔導士は、風をはらんで膨らむマストをぶら下げる、ヤード(横柱)に座っていた。
「なるホドな。アンタなりの、親心ってワケか」
「あのコたちの親よりも、100歳以上は年上だがね」
褐色の肌の魔導士は、自嘲しながら返す。
「バルガ王。次の目的地が見えて来ましたぜ」
メインマストのテッペンに登ったベリュトスが、望遠鏡を覗き込みながら叫んだ。
「この海は、水の透明度が凄まじいぞ。先ほどの村のサンゴ礁もキレイだったが、この辺りの珊瑚は美しさと言い、規模と言いケタ違いだな」
キティオンが、船べりから身を乗り出しながら海に見惚れている。
「マー・メイディアはね。珊瑚を使った、お洒落な宝飾品を作るのが得意なんだよ。地上に拠点を作って、特産品として交易しているのさ」
「そう言えば、7海将軍(シーホース)の1人であるガラ・ティアが身に付けている宝石やドレスも、マー・メイディアが作ったモノが多いらしいよ」
リュオーネの話を継ぐ、キティオン。
「へー、そうなのか。知ってたか、ベリュトス?」
「オレ、そんなのに興味ないっスよ。王は、知っておられたんですか?」
「まさか……だろ」
男たちとの価値観の落差に、呆れ顔のリュオーネとキティオン。
船はゆっくりと、サンゴ礁の中へと入って行った。
「残念ですが、地上部分の建物は壊滅状態ですね。前に兄貴と立ち寄ったときは、水上コテージがたくさん立ち並んでいたんですが」
「地上の交易拠点とやらは、津波に持って行かれちまったのか」
「だけど海の中は、無事みたいだよ。水の中をご覧」
リュオーネの言葉を受けて、船べりから海を覗き込むバルガ王と2人の側近。
澄んだ海水の下のサンゴ礁のあちこちで、青白い照明が光り輝いている。
「スゲェな、こりゃあ。サンゴの街が海ン中に広がってやがる」
「めちゃくちゃキレイっすね。サンゴの家って、豪華過ぎですぜ」
「こんなの、宝飾品の中で暮らしているのと同じじゃないか。うらやまし過ぎる!」
「わたしからすれば、泡のドームに囲まれたカル・タギアも、似たようなモンに思えるがね」
大魔導士は少し冷めた目で、海底都市生まれの3人を見降ろしていた。
「我らがマー・メイディアの領域に、何用か?」
すると海中から、煌びやかなサンゴや鱗の鎧を身に付けた兵士たちが現れて、警告を発する。
「サンゴの海を犯す者は、我々が排除する」
多くは女性兵で、魚のような下半身は鱗に覆われていた。
「オレは、カル・タギアの王、ファン・二・バルガだ。マー・メイディアの集落と、交易ルートを開拓したいと思って来訪した」
「集落の主に、取次ぎを願えませんか?」
バルガ王とベリュトスの提言を受け、兵士たちは互いに顔を見合わせ、2人が海の中へと潜っていく。
しばらく待っていると、潜って行った2人が現れて言った。
「バルガ王、お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「オケ・アビスの主である、ペイトーさまがお会いになられるそうです」
「ソイツぁ、ありがたい。ちょっくら行ってくるからよ。船番は頼むぜ、リュオーネ」
バルガ王と2人の側近は、船べりから海へと飛び込むと、海中へと潜って行ってしまう。
「ヤレヤレだよ、まったく……」
残された大魔導士は、帆にかけられたシュラウドをハンモック替わりにして寝転がった。
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