楽園のモール
「ずいぶんと、キモの据わったガキだな。見かけは、ヒョロヒョロしてんのによォ!」
ドス・サントスが、ボクを評した。
……と同時に、宝石の指輪がハマった拳が、ボクの左の頬を捉える。
「ガハッ!?」
油の匂いのする床に、転がるボク。
口の中に、血の匂いが滲んだ。
「こりゃあよ、坊主。交渉じゃねェんだ。命令なんだよ。ゲーやウーの暴走について知ってるコトを、洗いざらい吐きやがれ!」
ドス・サントスが、床に伏せたボクの胸倉を掴んで、天井のシーリングファン付近まで持ち上げる。
「オラ、さっさと吐きやがれ。チンタラしてッと、脳ミソがスライスされちまうぜ」
ボクの頭部が、ゆっくりと回転するファンに近づいて行った。
「ボクは、交渉しに来たのだけどね。残念だよ」
「なにィ……?」
「脳みそを持たないヤツとは、交渉なんてできないからな」
「ギャアアァァーーーーーッ!!」
フラガラッハが、ドス・サントスの身体を前後に両断する。
ボクは、テーブルクロスを引き剥がして、口の血を拭った。
手榴弾混じりの果物カゴの中から、マンゴーを選んで食べてみる。
「これは美味い。メルクリウスさんも、どうです?」
ボクは若草色のコートの男に、果物カゴを差し出した。
「宇宙斗艦長……貴方は、何者です?」
「ボクは、ボクですよ。それより見ての通り、ドス・サントスは死にました。この国で彼が死んだ場合に、トップに立つのは誰ですか?」
「ドス・サントスには、3人の娘が居ます。そのうちの、誰かでしょうね」
前後に裂かれた男の亡骸に視線を落とす、メルクリウスさん。
「独裁者らしく、世襲ですか」
「だが厄介な話だぜ。1人であれば、すんなりカタが付いたのによォ」
今後の方針について話し合っていると、人間やアーキテクターの衛兵が部屋になだれ込んで来た。
けれども、ゼーレシオンの前に歯が立つモノでも無い。
ボクたちは、肉片の転がった血生臭い部屋を出た。
「彼女たちは、どこに居るんです?」
ボクは、メルクリウスさんに向って問いかける。
「ここの真上が、彼女たちの暮らす家ですよ。もっとも、山をくり抜いて作ってあるので、膨大な数の部屋がありますがね」
「それを、シラミ潰しに当たって行くのかよ。しかも、鍵までかかってやがる!」
「まさか。すでに解除キーは盗んでありますし、彼女たちの位置も把握してますよ」
「流石は、盗賊の神の名を持つだけはありますね」
「お褒めに預かり光栄です、宇宙斗艦長」
金髪の優男は、ニヤリとほほ笑んでロックを外した。
「まるで、巨大なショッピングモールだな」
扉を開けると、そこは中央が吹き抜けになっていて、それを数多の部屋が取り囲でいる。
階層が上にも下にも重なっており、最下層にはエキゾチックな噴水が見えた。
「ドス・サントスの趣味かよ。ここはアメリカだったのに、こんな装飾しやがって」
辺りを見渡すと、プリズナーの好みでは無いサボテンがあちこちに植えられ、ポインセチアの木が真っ赤な花を咲かせている。
「これでも、かつての地球の植生を残すバイオトープとして、重要な役割りを果たしているのですよ」
ドーナツを連ねたような構造物の、吹き抜けから顔を出す木々にはインコが止まり、プレーリードッグが草むらから顔をだしていた。
「人もたくさん、住んでいるんだな。ここで暮らす人々の目は、死んじゃいない」
シャツやパレオら軽装の人々が、まるで地上かと勘違いするくらいに大勢歩いてる。
「ムカつく話だぜ。どさくさに紛れて国を乗っ取ったヤツらの子孫が、のうのうと生き永らえているんだからよォ」
それぞれの階層には、店や住居がざっくばらんに納まっていた。
「気に入らないんなら、出て行きな」
「オヤジの1人を、殺りやがって」
「まったく、いい迷惑だよ!」
とつぜん背後から、複数の女性の声が響いた。
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