疑いの眼
「オレの叔母に当たるペイトー女王……なにかを、隠しているようにも思えるぜ」
海面に、クラゲのようにユラユラと揺る月を、海底のバンガローから見上げるバルガ王。
「実はね。気になっていたコトが、あるんだよ」
経験豊かな、褐色の肌の大魔導士が言った。
「なんだ、リュオーネ。なにが気になったんだ?」
「メ・ドゥーサの話のコトだよ」
「内容に、なにか不自然な点でもあったか?」
「そうじゃない。内容については、わたしの知らないコトも多いんだ。関わっていない事象については、真偽の確かめようもないだろうさ」
「だったら、なにが気になってたんだ?」
「どうして女王はあえて、晩餐の席などと言う大勢の人間が集まる席で、姉の重要な話を語ったのか……って思ってね」
リュオーネ・スー・ギルの疑問に、海底バンガローは沈黙に支配される。
それを最初に打ち破ったのは、ベリュトスだった。
「い、言われてみれば……女王は王との会議の場を、謁見の間から晩餐会場に移しましたからね」
「思えば、不自然だよな。美しい姉が醜い姿になってしまったなんて、妹としては隠しておきたい話のハズなのに」
「それを、大勢のマー・メイディアたちの前で語った……オケ・アニスの女王の立場としての責任の表れとも取れるが、そうじゃ無い可能性もあるってワケか」
「なあ、キティ。そうじゃ無い可能性って、どんなのがあると思う?」
「さっきのコも言ってたケド、ペイトー女王は政敵も多かったみたいだしな。自身の女王としての立場を、盤石にして置きたかったのかもね」
「まあ、それも理由の1つだろうさ。だけどオケ・アニスに置ける政治情勢が、どうなっているかまでは解らないから、なんとも言えないところだよ」
「逆に言えば、オケ・アニスに置ける政治情勢がわかれば、なにかが見えて来るってコトだな?」
大魔導士は返事の替わりにほほ笑むと、巨大なシャポーで顔を隠す。
「ですがバルガ王。オレらは明日の夜明けには、ここを追い出されちまうんですぜ」
「わかっているさ、ベリュトス。とりあえず、オケ・アニスの街に繰り出してみるか」
「お前は仮にも、カル・タギアの王だ。軽々しく動くべきじゃない」
「だったら、どう……」
「わたしとベリュトスで、街の様子を見て来る。お前はここで、大人しくしていろ」
王に容赦なく命令を下した側近は、幼馴染みのベリュトスを伴って、バンガローを出て行った。
「さて。あのコたちも出ていってくれたコトだし、もう少しわたしの見解を話そうかねェ」
「やはりペイトー女王は、なにかを隠しているのか?」
海底バンガローの窓から見える、海面へとそびえるように建つサンゴの城。
王は踵(きびす)を返すと、部屋の中央にあるテーブルの席に座った。
「先に言っておくケド、ただの予測さ」
大魔導士は、シャポーから片目だけを覗かせる。
「メ・ドゥーサを醜い姿に変えたのは、ペイトー女王自身の可能性があるんだよ」
「……なッ!?」
言葉を失う、バルガ王。
「ど、どう言うコトだ。メ・ドゥーサが醜い姿になったのは、アンタの薬が原因だって……」
「確かに、試作の薬だからね。副作用が出る可能性はある。だけどメ・ドゥーサに処方した薬の成分で、そこまで強い副作用が出るコトは無いハズなんだ」
「オ、オレには薬学のコトなんて解らねェが、どうしてあん時に反論しなかった?」
「真実を知るためさ。女王に、疑っていると気付かれたくなかったからね」
リュオーネの言葉に、身を乗り出していたバルガ王も椅子に座り直した。
「アンタの予想じゃ、ペイトー女王は実の姉を、醜い姿に変えたコトになる。女王は、姉を敬愛していたんじゃないのか。あの言葉は、偽りだったと?」
「イヤ。本心だったと、わたしは考えている。でも同時に、姉を憎んでいたのさ」
リュオーネ・スー・ギルは、矛盾した見解を述べた。
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