生命のセノーテ
吹き抜けの天井から、暖かな日差しの降り注ぐセノーテの底の噴水。
黒い雲に覆われた地球の空から、太陽の光が差し込むコトなど無く、人工的な光に過ぎなかった。
「そうだぜ。行動を起こすには、今しか無ェ」
メルクリウスさんの問いに、頷(うなず)くドス・サントス。
「大戦で核を撃ちまくった人類は、自分たちの愚かさに気付いて世界を支配するのを辞めた。代わりにコンピューターに、世界を支配させたんだがよ。だが地球の環境は改善されず、多くの人間が絶望して地球を去って行きやがった」
今のドス・サントスは、人類に対する献身的な提案をし、人類の行動を憂(うれ)いていた。
「地球から見りゃあな。だが世界の中心は、宇宙に移ったのさ。人や物資を上げるにしろ降ろすにしろ、地球の重力圏は厄介過ぎる代物なんだ」
「そんなコトは、彼も解ってますよ。ですが地球生まれにとっては、地球を元の環境に戻したいと思うのも当然でしょう」
合理的な答えを示すプリズナーに、メルクリウスさんが反論する。
「ハッ、それこそ夢物語だぜ。地球は当の昔に、壊れちまったのさ」
「ドス・サントスさんは、それを治そうとしているんだ」
頭の中の混乱が治まってなかったボクも、とりあえず反論に加わった。
「なにかを壊すのは、簡単だぜ。だがよ。壊れたモノを治すなんてのは、一筋縄じゃ行かねェ」
「それが地球全体の自然環境ともなれば、なおさら……ですか」
「ああ。自然サイクルを再構築するなんざ、一体どれだけの時間がかかると思って……」
「時間がかかるのは、承知の上だ。だが誰かが始めなきゃよ。いつまで経っても、蒼い空は拝めない」
夢の中では暴力的だったドス・サントスが、今は聖者のような言葉を話している。
「計画は、お有りなのですか?」
「すでにある程度は、進行中だぜ。このセノーテの地下貯水槽から小さなトンネルを掘って、新たなセノーテを設置する候補地を何個か確保している」
「一歩間違えば防水壁が剥がれて、このセノーテまで水没してしまうのではありませんか?」
「その危険は、今だってあるんだぜ。黒い雨ってのは、強烈な酸性雨でもあるからよ。ここもいつまで持つか、解らんさ」
「黒い雨がなだれ込んで、みんな死んじゃうってコトですか?」
噴水のある底から、巨大なセノーテを見上げるセノン。
ボクも上を向くと、吹き抜けのスロープから、大勢の人々が暮らしているのが伺えた。
「やっぱそんなコトになっては、ダメだよな」
「お、おじいちゃん?」
栗毛の少女が、ボクを見つめている。
「ドス・サントスさん。ボクも、貴方の計画に協力します」
「マ、マジかよ、艦長」
「ああ、プリズナー。ボクも、地球生まれだからね」
「ケッ、まあオレだってそうだがよ。仕方ねェ。付き合ってやるぜ」
アッシュブロンドの男は、背中を向けてそう言った。
「有難いぜ。さっそくだが、アンタらの力を借りたい」
「その前に、1つだけ頼みがあるのですが」
「なんだ、言ってみな。できるだけ、善処はするぜ」
そう言われてもボクは直ぐに答えず、噴水の泉に手を浸す。
エメラルド色の噴水は、ボクだけが見える3姉妹の遊び場となっていた。
「ここの水は、キレイですね」
「ああ、そうだぜ。セノーテに暮らすヤツらの、命の水だ。死んだヤツらだって、このセノーテの底に眠るんだぜ」
「ここに……埋葬したい女性が居るんですよ」
セノーテの床全ては透明で、さらに下へと続く貯水槽がある。
「構わないが、放射能に汚染されちまってたら……」
「すでに放射能除去処理は、済ませてあります」
「か、艦長。もしや……」
ボクたちは、アフォロ・ヴェーナーに戻って、女性の遺体を運び出した。
セノンと真央たちに手伝ってもらって、女性の衣服をアステカの儀礼用のモノと取り替える。
「ミネルヴァさん……どうか静かに、眠ってください」
ボクたちは、それぞれに手向けの言葉を継げると、亡くなった女性をセノーテ底の貯水槽へと沈める。
蒼い水の深くへと、消えて行くクワトロテールの女性。
ショチケ、マクイ、チピリの3人の裸の少女が潜って行き、共に消えて行った。
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