ドス・サントスの野望
北アメリカ大陸の、アパラチア高原の地下に築かれたセノーテ。
巨大な竪穴の井戸を利用した居住空間には、大勢の住人が暮らしていた。
「夢で見たのと、少し細部が違うな……」
吹き抜けの縦穴を中心に、住居や店が並んでいるのは同じだったが、ショチケ、マクイ、チピリの3姉妹と出会ったセノーテと比べ、施設は近代的になっている。
「なんだよ、艦長。まるで一回、見て来たって物言いだな」
「その通りだよ、プリズナー。夢で見たセノーテは、これより入っている住居や店が、少しばかり原始的なだけだった」
「おかしな話ですね。宇宙斗艦長がここに入ったのは、始めてのハズでしょうに」
「ボクも、そう思いますね。明らかに、不自然だ」
若草色のコートの男の言葉に、ボクの頭はさらに困惑した。
「おじいちゃん、お酒が周ってるんじゃないですか。気分が悪いのに、お酒なんて呑むから」
「確かに、少し酔っているのかも知れない。でも……」
だからと言って現実の方が、夢に合わせてくれるワケでも無いのだ。
ボクは、自分の顔色を確かめようと、セノーテの壁面に建てられた1件の店に目をやる。
アステカの民族衣装をベースとしたデザインの服が並んだ、ショーウィンドー。
ガラスに映る疲れた顔のボクの向こうに、裸で泳ぐ少女の姿が映った。
「ショ、ショチケ!?」
茶色とピンク色の髪を編み込んだ長髪の少女が、ガラスの中を優雅に泳いでいる。
「ど、どうしたんですか、おじいちゃん」
「今、そこの店のショーウィンドに、ショチケが……え?」
ガラスには、ボクたち1行の姿が映っているだけだった。
「やっぱ、疲れてんじゃねェのか。地球に降下して、刑務所にぶち込まれて、ゲーが暴走したりとか、ミネルヴァが死んだりとか色々あったんだろ」
プリズナーは、あえて説明的に言ったのだろう。
「そりゃあ、大変な目に遭ったな。良かったら、ベッドかメシくらいは用意するぜ」
ドス・サントスが、イカつい顔に似合わない親切な言葉をかけてくれた。
「だいじょうぶですよ。確かに疲れは残っているみたいですが、歩けないホドでも無いので」
「ムリしちゃダメだよ、おじいちゃん。なんかあったら、わたしが付きそうから」
「ありがとう、セノン」
「ところでドス・サントス閣下。ボクたちをこのセノーテに案内したワケを、そろそろお聞かせ願えないでしょうか?」
メルクリウスさんが、真相を問いかける。
「ここは、トラロック・ヌアルピリの技術を結集して造られた、セノーテだ。オレらの先祖が使って来たセノーテと違って、実際には沈殿池や微生物の反応タンクを使って、真黒な雨を何重にもろ過している」
セノーテの吹き抜けを中心に設置されたスロープを、下へと降るボクたち。
ふと隣を見ると、ガラスの海を泳ぐマクイの姿があって、ショーウインドーをいくつも飛び越えながら遊んでいた。
「放射能や化学物質に満ちた、あの黒い雨を、ろ過……」
ボクは、地震によって被害を受けた原発のコトを思い出す。
「これだけの大規模な装置を使ったところで、支えられる人間は数万人に過ぎねェ。だがこのセノーテを増やして行けば、地球が人の住める惑星に戻る可能性はあると考えている」
ドス・サントスは、真顔で言った。
「なにをオメデタイこと、抜かしてやがる。地球には、何万キロトンの核が落ちて空いた、核の湖が何千個とあるんだぜ。海だって、そのものが核物質の沈殿槽だ。魚なんて、棲んでもいない死の海だぜ」
「言葉が過ぎますよ、プリズナー。ですが確かに、現実的とは言えませんね」
「それにセノーテだって、ゲーやウーによって管理されてんだろ。人間が勝手に増やせる代物じゃねェ」
「だが、今は違う。ゲーやウーは、時の魔女によって暴走してんだろ?」
セノーテの最下層へと辿り着く、ボクたち。
「ドス・サントス……貴方はこの機に乗じて、人類の住める環境を広げようとしているのですね?」
そこには近代的な美しい噴水があって、吹き出す水の上をチピリが舞っていた。
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