メキシカングルメ
1000年後の未来に置いては、『死』と言う概念すら曖昧(あいまい)なモノとなっていた。
「ま、確かにな。今じゃ人工子宮で、あらかじめ自分のコピーを作って置くヤツらも居るくらいだ」
ドス・サントスさんの顔を見ながら、プリズナーが嘯(うそぶ)く。
「オレァ、これでも国家元首だからな。暗殺の危険は、常に付きまとうモンでよ」
機嫌を損ねた国家元首は、再びボトルを開け酒を飲み始めた。
そりゃそうだ。
夢の中で、貴方はボクに暗殺されている。
「だが場合によってはよ、艦長。眠らせておくハズのコピーの方が起きちまって、本物を殺すなんて事件も起きてんだぜ」
「まるで、コメディだな」
「コメディさ。結局のところ、コピーはコピーでしかねェ。自分が殺されてコピーが残ったところで、自分自身は死じまってンだからよ。意味がねェ」
合理主義の、元少年兵が言った。
幼くして戦場を駆けていたプリズナーの死生観は、ドライにならざるを得なかったのだろう。
「だが例えコピーであろうが、本物と同じ役割を演じるコトはできるぜ」
「独裁者のコピーが、独裁者を演じるってか。コイツァ、お笑い種だ」
ドス・サントスさんに、事あるごとに反発をするプリズナー。
「そのヘンにして置きなさい、プリズナー。ところで奪還したセノーテ予定地に、実際に貯水槽が建設されるのはいつになるのです?」
「部下の働き次第ではあるが、そうだな。上手く行けば、あと半年と言ったところか」
「やはり、それくらいはかかるのですね」
「仕方ねェだろ、大使殿。こちとら、魔法使いじゃねェんだ」
「だが相手は、魔法使いだぜ。時を戻す魔法でも使ったのか、木っ端みじんになったハズのマーズを、完璧に復活させちまったんだからな」
「にわかには、信じられんな。どうせクローン技術でも、使ったんだろう」
「クローンじゃ、脳の記憶まではコピーできねェ。クローンなんざ、疑似的な双子に過ぎねェからよ」
「あらかじめ、洗脳でもして置いたんじゃねェのか?」
「実際に見ないコトには、理解できないのでしょうがね、代表。残念ながら時の魔女は、我ら人類の叡智を、遥かに超えた存在なのですよ」
メルクリウスさんの真剣な眼差しに、ドス・サントス代表がそれ以上反論するコトは無かった。
「なんにしろ、半年の間に魔女の手下どもの襲撃が、皆無だなんてコトは考えられねェ」
キャラメル色のソファーから、立ち上がるプリズナー。
「確かに、時の魔女を相手に楽観主義が過ぎますね」
「そうかよ。大使殿がそこまで言うんなら、部隊の増強を考えんとな」
「ええ、そうしていただけると、助かります」
メルクリウスさんと連れ立って、シーリングファンの周るリビングを出て行った。
「アンタもご苦労だったな、冷凍睡眠者(コールド・スリーパー)。部隊の増強についちゃあ、オレの仕事だ。アンタも、セノーテを好きに使ってくれて構わないぜ」
夢の中のドス・サントスとは、明らかに態度が違う。
「では、そうさせて貰います」
ドス・サントスさんと2人きりと言うのも気まずいので、ボクもラウンジを出た。
岩盤を縦に掘削した巨大な穴に、ショッピングモールのように部屋が連なる構造のセノーテ。
日本人と似た顔立ちの大勢の人が暮らし、活気に溢れている。
「あ、オヤジじゃん」
「どうしたんだ、セノーテの見学か?」
「なんなら、アタシらが案内してやろうか?」
声をかけてきたのは、ボクとショチケの3人の娘たちで、パイロットスーツとは違うカラフルな普段着を着ていた。
「この上の階に、美味いポソレの店があるんだよ」
「あ。ポソレってんのは、トウモロコシのスープだよ」
「腹も減ったし、喰いに行こうぜ」
マクイ・サントスの3人の娘も、ボクの両脇に群がって来る。
「ええ、セビーチェのがイイって」
「ワカモーレのが、美味しいだろ」
「いいや、絶対にトラユーダだ」
チピリの3人の娘たちも、なにを食べるかで意見が割れた。
ボクはそれから、大量のメキシコ料理を堪能するハメになった。
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