優男
「オイ、どうなってやがる。なんで艦長と、あのヘラヘラした優男は消えたんだ!」
プリズナーが、声を荒げる。
「知るかよ、そんなモン。オレは、科学者じゃねェんだ。だいたい、一番近くで見てたのはプリズナー。オメェじゃねェか!」
ドス・サントスも、苛立ちをそのまま叩き返した。
「オレは、艦長の娘……アンタの孫娘を陸に上げるために、セノーテを出ていた」
「ソイツァ、ありがとよ。ジジイとして、礼は言って置くぜ」
2人は、セノーテの巨大な貯水槽を真下から見上げる。
「ガラにも無い任務を終えて、今一度セノーテに潜ってみりゃあ、何も残って無かったんだ。ゼーレシオンも、テオ・フラストーも、敵であるツィツィ・ミーメの姿もな。まるで、水洗便所に流されちまったみてェに、キレイサッパリよ」
彼らの居る場所は、セノーテの防水設備が破損したときに、汚染された水を逃がすための広大な地下スペースで、周りには機材が置かれ科学者たちがモニターと睨めっこしていた。
「やはり、お前たちの言う『時の魔女』の仕業と考えるのが、妥当か?」
「こんな魔法まがいなコトをやってのける存在は、他に考えられねェからな」
「部下たちに調べさせちゃあいるが、今んトコ見つかったのは、不気味な白い毛のようなモノだけだぜ」
セノーテの貯水槽の中には、アーキテクターやサブスタンサーが何機か潜って、調査に当たっている。
「ドス・サントス代表、少しよろしいでしょうか?」
すると科学者のリーダーらしき男が、声をかけて来た。
「どうした、なにか解ったのか?」
「ええ、代表。セノーテの底の空間に、僅かにユークリッド幾何学に反する反応が見つかりました」
「……えっとだなァ。オレらみてーなアホにもよ。わかるように、言ってくれねェか?」
「勝手にアホで、くくるんじゃねェ!」
面子を潰され怒る、ドス・サントス。
「簡単に言えば、時空に僅かですが乱れが生じておりまして。ですが現在は、縮小傾向にあります。逆を言えば、元はかなりの規模の時空の乱れがあったと考えられるのです」
「時空の乱れ……具体的に、なにがあったって言うんだ?」
「ワープの痕跡(こんせき)……だろ?」
答えたのは科学者のリーダーでは無く、プリズナーだった。
「ワープか。火星での事変を聞いて無けりゃあ、笑い飛ばすところだがな」
腕を組み葉巻をふかす、ドス・サントス代表。
「推測だが、艦長とメルクリウスの野郎は、ツィツィ・ミーメによって他の場所へと、飛ばされちまったんじゃねェか」
「なるホドな。セノーテの水槽から消えた理由としちゃあ、しっくり来るぜ」
「問題は、どこに飛ばされたかだが」
「残念ながら、まったく解りません。我々はワープに関する技術など、持ち合わせてはいないのです」
プリズナーの質問に、今度は科学者が答えた。
解らない……と。
「な、なんと言う、コトでしょうか!」
その頃、メルクリウスは太陽系宇宙の果てで、悲嘆に暮れていた。
「小さな重力球が、互いの重力で引き合ったのかゼーレシオンの周りに集り、1つの巨大な球体に変わって艦長を飲み込んでしまった」
巨大な黒い重力球(グラビティボール)を前に、なす術も無いテオ・フラストー。
「まさか、こんなコトになるなんて……」
偉大なる錬金術師パラケルススこと、テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムの名をルーツに持つサブスタンサーは、それでも必死にツィツィ・ミーメと戦った。
「ゼーレシオンが、ある程度はダメージを与えてくれていたとは言え、このサブスタンサーでは限界がありますか」
手負いの敵を前に、それでも劣勢は否めず徐々に押されて行く。
「やはり艦長と同じ方法を、試すしかありませんね」
ツィツィ・ミーメの胴体の裂け目を目掛け、接近を試みるテオ・フラストー。
髪や肋骨の脚による攻撃をかい潜り、取り付くコトに成功した。
「貴女と、こんなカタチで再会するなんて、思っても見ませんでしたよ」
裂け目から、内部のコックピットを覗き込む、メルクリウス。
中にはかつて、ミネルヴァと呼ばれた少女が乗っていて、無機質な瞳で優男を見つめていた。
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