鎮魂の宴
バルガ王やその側近たちが、山の民の力を借りて複数の部隊を作り、陸地に打ち上がった何隻かの難破船を捜索する。
「残念だが、ティンギス。この船には、生き残りは居ないみたいだぜ」
大型の古びた漁船の中を、捜索するバルガ王が言った。
津波に流された船体もすでに乾いており、船底にわずかばかりの水溜まりが残っている。
けれども、人の姿はどこにも無かった。
「イヤ、バルガ王。そうとも、限らないぜ。外に出てみてくれ」
「どうした、ティンギス。なにか、見つけたのか?」
バルガ王が船を出ると、辺りは鬱蒼(うっそう)とした森が広がっている。
所々に津波の爪痕があって、茶色い地面が剥き出しになっていた。
「見てくれ、これを。人の足跡が、森の奥の方に向かって続いてんだ」
「こりゃあ、かなりの人数だぜ。大半は小さな足跡だから、子供か?」
「この先の洞窟かも知れねェ。バルガ王、悪いが先に行かせてもらうぜ」
ティンギスは、貝殻で装飾された長いドレッドヘアを靡(なび)かせて、森の奥へと消える。
バルガ王の部隊も後を追うと、小高い丘の上に洞窟があるのが確認できた。
「どうやら、アレのようだな。1人でも多く、生き残っていてくれ……」
バルガ王も、崖を跳躍(ちょうやく)しながら登って行く。
「バルガ王、見てくれ。こんなに多くの子供たちが、無事だったんだ!」
王が洞窟に入ると、武骨な笑みを浮かべた大男の背後に、大勢の子供たちの姿があった。
幼い子供たちは、1人の少女の胸に顔を埋(うず)めている。
「アンタが、子供たちをここまで、連れて来てくれたのか?」
バルガ王が、少女に問いかける。
けれども少女は、不安そうな顔をティンギスに向けるだけだった。
「悪いな、バルガ王。まだ、怯えてるみてェだ」
「イヤ、オレが軽卒だったぜ。このコの名前は?」
「ルスピナだ。普段は大人しいんだが、今回ばかりは大した勇気だったぜ」
「う……うわァ~ん!」
ティンギスが少女の頭を優しく撫でると、少女は大声で泣き始めた。
「オ、オイ、どうしちまったんだよ。オレは、褒めてんだぜ」
「今まで抑えていた恐怖が、一気に噴き出したんだろ。それより、子供たちの容態はどうだ?」
「もう何日も、喰ってねェだろうからよ。自分じゃ、動けないのも居やがる」
「まずは、コイツを使いな。干した魚を、粉にしたモノだ」
「恩に着るぜ、バルガ王。この借りは、キッチリ返すからよ」
「気にすんな。それよりさっさと、子供たちを担いで山の村に帰ろうぜ」
バルガ王とティンギスは、山の民と合流すると、子供たちを背負って山の村へと帰還する。
「お、バルガ王の部隊も、帰って来たぜ」
「どうやら王の部隊も、収穫があったみたいだな」
3人の子供を抱えた王の元に、ベリュトスとキティオンが駆けて来た。
「その言い方からすると、お前たちの方も成果があったのか?」
「モチロンですぜ。こっちは、レプティスって名前の漁師と、5人の船員が無事でした」
「こっちはタプソスって漁師が、4人の船員と居るのを発見した。今、長屋で治療中だ」
「レプティスも、タプソスも生きてやがったか。まったく、悪運の強いヤツらだぜ」
コーヒー色の肌をした男は、長屋へと駆けて行った。
「バルガ王よ。ご苦労じゃったな」
王のもとに、白く豊かな髭を撫でながら、老人が近寄って来る。
「長老には、世話になった。感謝する」
「イヤイヤ。礼ならワシなどより、森の神に言われよ」
「森の神……?」
バルガ王が首を傾げていると、後ろから近づいて来た褐色の肌の魔導士が言った。
「森が津波の勢いを弱め、多くの漂着物を受け止めてくれたのだよ」
「なるホドな。森の神さまよ、感謝するぜ」
「王に魔導士。宴(うたげ)の準備をして置いた。こちらに、参られよ」
その夜、山の村の長老の計らいで、小さな宴が開かれる。
木組みの巨大な火櫓の周りに、山の民と助かった海の民が集った。
互いに、酒を酌み交わす人々。
「お、アンタが注いでくれるのかい?」
バルガ王の盃に、洞窟から助けたルスピナが酒を注ぐ。
バチバチと爆ぜる真っ赤な火の粉が、津波で命を落とした人の魂のように天高く昇って行った。
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