ティンギス
「ここが、海の民の借りの宿じゃよ」
白髪に真っ白なヒゲの、老人が言った。
「もう少し簡素な造りを想像してましたが、けっこうちゃんとした建物なんですね」
「コラ。失礼だぞ、ベリュトス!」
幼馴染みの失言を、注意するキティオン。
「ワシら山の民は、海の民とだけではのうて、大工とも付き合いがあるからのォ。家族を失った海の民を慮(おもんばか)って、特別に建ててくれたのじゃよ」
痴話ゲンカ中の2人の若者を前に、長老は長屋の1番手前の木戸を開ける。
「ジャマするぞ、ティンギス」
背の低い老人に続いて、長屋の1件に入るバルガ王たち。
「長老か……世話になりっぱなしで心苦しいのだが、そちらの方々は?」
部屋の床に座っていた、コーヒー色の肌をした細身の男が言った。
男は精悍(せいかん)な顔立ちをしていたが、生気の無いどこか虚ろな瞳をしている。
「忘れちまったかい、ティンギス。オレだ、ベリュトスだ」
「お……おお。ベリュトス、生きていたか!」
男は、黒いドレッドヘアのいくつかを貝殻で止め、真っ黒な胸当てを装備している。
「カル・タギアは海底都市だから、津波の影響は少ないとは思ってはいたが、どこぞの輩に襲撃されちまったんだろ?」
立ち上がった男は、天井に頭をぶつけそうなくらいの長身だった。
「ああ。話せば長くなるが、兄貴もそれで死んじまってな……」
「ビュブロスほどの男が、死んだだと?」
ベリュトスの両肩を掴んで揺らす、ティンギス。
「兄貴は、オレやこちらにおられるバルガ王を、生かせるために自分を犠牲にしたんだ」
「そうか……惜しい男を亡くしたモノだ……」
男の長いドレッドヘアが、寂しそうに垂れる。
「オレはカル・タギアの王、ファン・二・バルガだ。アンタの村にも、かなりの被害だ出たんだろ?」
オレンジ色の長髪に、日に焼けた肌の男が、項垂れた男の肩を抱き起こした。
「アンタが、バルガ王だったのか。済まない、無礼な物言いをした」
「海の民と、海底の民、海に関わるものは、小さなコトは気にしないモンだ。それでティンギス、アンタはどうやって助かったんだ?」
「オレは1人で漁に出ていたんだが、津波をなんとかやり過ごすコトが出来た。だが村に戻ってみると、建物すらほとんど無くなっちまっていてな。生き残ったのも、オレを含めてわずか7人だ」
「オレたちカル・タギアは、ヤホーネスの力も借りて、津波でさらわれた村の再建に来たんだが」
「有難い申し出だが、他の6人は老人ばかりで、若いヤツらはみんな流されちまった。村の再建など、とても思い描ける状態では無くてな……」
「イヤ。もう少し、増えるかも知れんぞ」
ティンギスの言葉を、褐色の肌の大魔導士が覆(くつがえ)した。
「どう言コトだ、リュオーネ?」
「簡単なコトだよ、バルガ王」
リュオーネは大きなマントの内側から、水晶球を取り出す。
「わたしの研究している魔導人形の技術を、応用して造った鳥を飛ばしておいたのだ。見るが良い」
輝きを放つ水晶球には、陸に乗り上げた1隻の漁船が映し出されていた。
「こ、これは、村にあった古い漁船が……どうして、こんな内陸に!?」
「津波で、運ばれたんだろうねェ。もう何隻か、打ちあがってるよ」
水晶球の映像が旋回して、他の船を捉える。
「アレは、レプティスの漁船じゃねェか。あっちは、タプソスのだぜ。てっきり、沈んだモノと思っていたが、こりゃあ……」
マジマジと水晶球を見つめるティンギスの眼に、生気が戻って来た。
「長老……いきなりで悪いんだが、アンタんトコの若いのを、何人か借りられないだろうか?」
「ま、ええじゃろ。バルガ王に貸しを作って置くのも、悪くはあるまい」
王を相手に、老人は利を求める。
「オレは、最初に見つけた船に向かう。ベリュトス、キティオン、お前らは別動隊を率いて、他の2隻の漁船に向ってくれ」
「任せてくれ。まだ、生存者が居るかも知れねェからな」
「わかった。早急に、出発しよう」
王の2人の側近は、迅速に動き始めた。
「ティンギス、アンタにも来てもらうぞ」
「仲間の命がかかってんだ。喜んで、付き合うぜ!」
コーヒー色の大きな男は、ドレッドヘアを振り乱しながら飛び出して行った。
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