信じる
「まさかアイツら、本当に人間を支配する気じゃないだろうな……」
真っ赤なドレスを着て宙を舞う、レアラとピオラ。
ボクはもう、2人を信じ切れなくなっていた。
「ちょっと、なに弱気になってんのよ。2人を信じるって言ったのは、先生じゃない!」
「ユミアの言う通りだよ。先生が信じて無かったら、こっちまで不安になるジャン!」
「レアラちゃんとピオラちゃんを、信じるのですゥ!」
ボクは、アイドルにならなかった選択をした、3人の少女に窘(たしな)められる。
「そ、そうだよな。先生が、自分の生徒を信じないで、どうす……」
「『信じる』なんて言う言葉は、『相手を疑っている』からこそ使われるのさ」
久慈樹社長が、ボクの決意を遮った。
「ちょっと、アンタ……」
何時ものようにユミアが、険しい顔で社長を睨み付ける。
「事実を、言ったまでだよ。だって、そうだろう。相手をまったく疑っていなければ、信じるなどと言う言葉なんて、態々(わざわざ)使う必要すら無いからね」
論理的には間違っていない社長の言葉に、感情で話す少女たちは一瞬、言葉を失ってしまった。
「所詮、相手を信じるなんてのは、都合の良い思い込みさ。それも、悪質な……」
「悪質って、どう言うコトよ!」
「例えば、キミに信じられたところで、レアラとピオラにはなんのメリットも無いワケだろ?」
「そ、それは、そうですが……」
ボクは首を上げて、ドームの夜空を飛び回る2人の少女を見る。
人の体を手に入れたレアラとピオラは、なににも束縛されずに自由を謳歌していた。
「偉そうに、誰かを信じるなんて言ってるヤツは、大抵が先生とか、社長とか、上司とかの権力者だ」
「アンタだって、その権力者じゃない!」
「その通り。社長なんてのは、部下になんの恩恵ももたらさないで、ただ信じると言っているだけの楽な仕事さ。もっとも、給料(サラリー)を払っている分、先生よりはマシかな?」
『先生』と言う職業は、生徒に金を払っているワケではない。
教民法の成立する前は、逆に生徒たちの親から授業料を貰っていたんだ。
「そして、相手が自分の期待に応えられなければ、『信じていたのに期待を裏切った』、『キミには失望した』……なんて言って、相手を罵倒する。楽なモンだろ?」
「そ、それは……」
完全に劣勢な、ユミア。
実際に、先生という職業をやっているボクでさえ、言い返す言葉が見当たらない。
確かに『信じる』というボクの言葉は、生徒になんのメリットももたらさないからだ。
「『信じる』なんて言葉は、この世界にある言葉の中でも、相当にえげつない言葉だ」
社長に反論できなくなり、ユミアもレノンもアリスも、完全に沈黙する。
かしましい声が消え、レアラとピオラの歌う曲、『フォーリング・ダウン・ザ・ワールド』のビートが、ボクの鼓膜を激しく揺らした。
「例えば、プロ野球選手だとか、プロサッカー選手に対してであれば、信じると言う言葉を使って構わないとは思うよ。ナゼならばプロのスポーツ選手には、一般人に比べ法外な年俸が支払われている。『信じる』と言う言葉に見合ったサラリーを、彼らは受け取っているワケだからね」
社長の独説は、続く。
「だが……この国の会社の多くは、大したサラリーも支払わず、成功報酬も与えず、ただ『信じる』と言う言葉だけで、社員を阿漕(あこぎ)に遣っている」
社長の演説は、まだ終わらない。
「言い換えるなら、『信じる』という言葉だけで、人を安く……あるいはタタで働かせているんだ」
ボクはまだ、社会に出て『先生』と呼ばれる今の仕事以外に、就いたコトは無い。
けれども、テレビに流れる色々なニュースを見れば、社長の言が正しいと思えて来る。
「ボクは、えげつない言葉で……お前たちを縛っていたのかな?」
ボクの教師としての自信は、相当に揺らいでいた。
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