ハートの髪飾り
「もう1度、移動が必要になるんなら、ゼーレシオンを出す必要は無かったな」
ボクは白い巨人と一体となると、再びスペースランチの狭いペイロードベイに身を屈める。
「きゃああッ!?」
すると、コクピット内部の椅子の後ろから、少女が転げ落ちて来た。
「あうゥ~、痛いのですゥ!」
「セ、セノン、なんでここに!?」
頭をぶつけた栗毛の少女は、パンツ丸見えになっている。
「お、おじいちゃんだけじゃ、なんか心配で……つい」
「ついじゃ、無いだろ。これから何処に連れて行かれるかも、解らないんだ」
可愛い下着を慌ててスカートで隠したセノンに対し、普段より厳しい口調で言った。
「も、もう、お別れしたままなんて、イヤなのです。シャトルから、燃えてるアクロポリスの街を見たとき、おじいちゃんが死んじゃってないか、心配で心配で……」
大きなタレ目から、大粒の涙を零すセノン。
「艦長、どうかされましたか?」
「悪いんだが、少し時間をくれ。ワケは後で話すから」
ボクはアンティオペーにそう返すと、セノンを引っ張り上げた。
「あのサブスタンサーに乗ってるのは、恐らくセミラミスさんだ。セミラミスさんは、悪戯好きではあるが、温厚な人だ。普通に考えれば、危険は少ない任務だろう」
「それじゃあ、連れて行って……」
「でも、時の魔女が絡んでいるなら話は別だ。いつ、危険が襲ってくるか解らない」
窮屈そうにうずくまるゼーレシオンの上に立つ、ボクとセノン。
「実際に、クーリアは魔女によって洗脳をされ、彼女の義姉であるナキアさんは、命まで落としたんだ」
「それは、解ってます……でも!」
「セミラミスさんは、クーリアとナキアさんの義姉だ。悪いが、連れていけない」
「そう……ですか。わかりました」
クワトロテールの1本を握って、俯くセノン。
「すまない、セノン。キミには、生きていて欲しいから」
ボクは彼女の手に、自分の手を重ねる。
「ペンテシレイアさん。セノンを、頼みます」
『了解致しました、艦長。どうか、お気をつけて』
艦橋にいるであろう、ペンテシレイアさんの声が、ハンガーに響いた。
スペースランチに乗り込んだボクは、イーリ・ワーズを後にし、新たなる標準旗艦へと移動する。
「アレが、キミが艦長となる艦か、アンティオペー」
「流石に同型艦だけあって、代り映えがしませんね」
ランチを操縦する、クリムゾンレッドのソバージュヘアの少女が答えた。
「宇宙斗艦長、あの艦に命名する権利を、いただけないでしょうか?」
「へ、命名って……まあキミの姉さんの話じゃ、指揮もし易くなるらしいし、構わないよ」
「では、『テル・セー・ウス』と、名づけます」
「テーセウスと、ペルセウスを足した感じだな?」
「そんな感じです」
そのままだった。
「こんなコですが、宜しくお願いしますね、宇宙斗艦長」
レンガ色のストレートヘアをした少女に、頼まれる。
「キミは、オリティアと言ったね」
「はい。戦術面や、艦隊運用はお任せ下さい」
どうやら彼女は、優秀な参謀らしい。
「わたしは、メラニッペーです。服のコーディネイトは、わたしにお任せくださいませ」
ニコやかに微笑む、ライム色の天然パーマの少女。
「あ、ああ。頼むよ」
そんなスキルが役立つことがあるのかと思いつつ、一応は頷いた。
ランチは同じ形の後部ハッチから、同じ配置の格納庫に入る。
「なんだか、同じ艦に戻って来たと錯覚するな」
「AIやサブスタンサーが製作した艦は、寸分たがわず同じ配置だったりしますからね」
ランチを降りると、ボクはもう1度ゼーレシオンをハンガーに立たせる。
胸部ハッチを開け、辺りを見回した。
当たり前だが、栗色のクワトロテールの、コケティッシュな少女の姿はない。
「セノン……ゴメンな」
彼女が握っていたクワトロテールには、時澤 黒乃の形見である髪飾りが付けられていた。
ボクはそれを知っていて、彼女を置いてきたのだ。
「艦長、どうかされましたか?」
「イヤ、なんでも無い。今行くよ」
ボクは、3人の少女たちと艦橋に向かう。
「では、アンティオペー艦長。出航の準備を」
「わたしが、艦長……はい、了解です」
「オリティア、この新造艦隊に振り分ける艦艇の選択を頼む」
「お任せください。1分で終わらせます」
優秀なクルーによって運用され始めた、テル・セー・ウス。
数千の艦艇を引き連れて、シャラー・アダドの先導する深淵の宇宙に向け出港した。
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