膨らんだ腹
「う、宇宙を統べるだって!?」
普段の気品漂うクーリアであれば、決して口にしない台詞。
「はい。わたくしと共に、この身勝手で下らない世界を、支配いたしましょう」
アクロポリス宇宙港が爆撃されて巻き起こった上昇気流によって、激しくはためく漆黒のローブ。
神々しい白い身体が、ローブの下から見え隠れする。
「……どうしたんだ、クーリア。キミは、時の魔女になにをされたッ!?」
いつもより妖艶な顔をした少女に、ボクは驚きを隠せなかった。
『フフフ、これがこの娘の本心よ。どうやらお前のコトを、心底好いているようだ。健気なコトよ』
クーリアの口から発せられる、機械的な声。
「お前は、時の魔女なのか!?」
「それとも、わたしの憎らしい妹なのかしら?」
人質を失い窮地に陥ったマーズとナキアが、クーリアに問いかけた。
『無論、その両方であり、どちらでも無いとも言えるな』
「お姉さま、わたくしをそこまで、憎んでいらしたのですね。ウフフ」
クーリアの中で、2つの人格が交互に現れる。
「でも、ナキアお姉さまが思っているホド、わたくしは自分が欲しいモノを、手に入れられてはいないのです。だって、お姉さまは最愛のマーズさまと結ばれ、お腹にそのお子を授かっているのでしょう?」
「え、ええ、そうよ!」
頭部を破損し、視界の多くが失われたセンナ・ケリグー。
メインカメラとの同調のみを切断し、コックピットを開けて視界を確保するナキア。
「わたしのお腹の中には、わたしを愛してくださったマーズさまのお子が宿っている。どんなに美しいコが生まれるか、楽しみだわ」
センナ・ケリグーのコックピットの中で、膨らみ始めたお腹をさすりながら言った。
「わたくしも、お姉様のお子の顔を、早く見たいですわ。一刻も早く……ウフフ」
クーリアはボクに背中を向け、カーネーション色のサブスタンサーに向って飛ぶ。
漆黒のローブから見え隠れするお尻に、ゼーレシオンは顔を背けた。
「な、なに。なんなのよ、アンタ!?」
開いたコックピットハッチから、顔を覗かせる妹の姿に驚く、ナキア・ザクトゥ。
「わたくしは、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダ……」
クーリアはその中へと進入し、姉の目の前に顔を近づけた。
「アンタは一体、何者なの!?」
「あれホド憎まれていた妹の名を、お忘れなのですか?」
クーリアの手が、姉の僅かに膨らみ始めた腹部に触れる。
「ヒッ!?」
ナキアの甲高い声を、ゼーレシオンの長いセンサーが捕らえた。
「ハアアアァァァ……アアッ……お腹が……お腹がァ!!?」
急に色っぽい喘ぎ声をあげて、苦しみ始める。
「ど、どうした、ナキア。その女に、なにをされた!?」
愛する女を気にかける、マーズの赤いサブスタンサーが、背中を見せた。
「グハッ!?」
背面から狙撃され、マー・ウォルスの片翼が吹き飛ぶ。
「ア、アポロ、テメェ!」
「ここは、戦場だ。戦神と呼ばれたキサマが、忘れたワケではあるまいな?」
狙撃をしたのは、アポロの黄金のサブスタンサーだった。
「マ、マーズさまぁああ、うぅ、生まれるゥ……生まれてしまいますわァ!?」
クーリアがコックピットから離れ、ゼーレシオンの巨大な瞳が、ナキアの姿を捉える。
「な、なんだ。なにが起こったんだッ!?」
ボクの脳裏に伝わった映像は、風船のように膨らんだ腹を押さえて藻掻(もが)く、ナキア・ザクトゥの姿だった。
「どう言うコトです。彼女はまだ出産にはホド遠く、腹も大して膨らんではいなかったハズ!?」
水色のサブスタンサーに乗ったメリクリウスさんが、冷静さを欠いている。
「お、恐らく、クーリアに取り憑いた『時の魔女』の仕業です」
ボクの目は、漆黒のローブを纏い自由に空を飛ぶクーリアを追っていた。
「マジで『時を操る能力』でも、持ってやがんのか……時の魔女ってのはよ?」
バル・クォーダにのったプリズナーも、目の前で起きている出来事を信じられないらしい。
「アアア……もうダメェ、生まれちゃうゥゥ!!」
「ナ、ナキア!?」
片翼となったマー・ウォルスで、センナ・ケリグーを支えるマーズ。
「待ってろ。一旦、お前の艦に撤退だ」
妊婦を抱えるように、慎重に撤退を始めるマー・ウォルス。
「フン。逃がすと思うか。アクロポリス宇宙港に集った者たちの中にも、子供や妊婦が混じっていたハズだ。自分たちだけ助かるなどと、思い上がりも甚(はなは)だしい」
アー・ポリュオンの黄金のフォトン・ライフルが、後退する2体のサブスタンサーを補足する。
「ダメですわ、アポロ」
黄金のサブスタンサーの前に現れたのは、クーリアだった。
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