零れたココア
「ちなみに聞くが、お前は今回ユークリッドがプロデュースした、全アイドルユニットの楽曲を手がけるコトになったのか?」
要れたての立てのインスタントコーヒーを、ゆっくりと口に運びながら問いかけるボク。
「イイヤ、流石にそれは仕事量的に無理ってモンだし、オレはそこまで売れっ子作曲家じゃない!」
友人は、ココアを飲むのも忘れて反論した。
「『チョッキン・ナー』は、インディーズ時代からそこそこ売れてたバンドだ。オレも知ってたし、楽曲も自分たちが創るって言ってる」
「キアたちか。まあお父さんも専門学校で音楽を教えてたくらいだから、作曲の才能もあるんだろな」
「それに今話題沸騰中の、『サラマン・ドール』」
「レオラとピアラか。アイツらには、ホトホト手を焼かされているよ」
ボクは熱くなった友人の気を落ち着かせようと、あえて話題を逸らす。
「2人もユークリッドが全力で創り上げたAIだけあって、作詞作曲も全部自分たちが行った曲が、300曲はあるって言ってたぞ!」
「閑話休題(かんわきゅうだい)か……ヤレヤレ」
今の友人には、ボクの気づかいなどどこ吹く風だった。
「つまりお前は、チョッキン・ナーと、サラマン・ドールの作曲はしなくて良くて、残る3組の作曲を手掛けろと?」
ボクがそう言うと、友人の顔が見る見る蒼ざめる。
「そ、そうなんだよ」
「……となると、『ウェヌス・アキダリア』、『プレー・ア・デスティニー』、『プレジデントカルテット』の3組か。だがみんなもう、プロモーションビデオの撮影に 入っているぞ?」
「流石にユニットとして歌う、メインのデビュー曲がウチに回ってくるワケないだろ。デビューアルバムに入れる、ソロの楽曲だよ」
「なんだ、ソロ曲か。そう言えばデビュー曲は、名のある大御所の作詞家や作曲家が、手掛けるなんて言ってた気がするな」
「これだから素人は……ソロ曲っつっても、ユークリッドの手掛けるアイドルだぞ!」
友人の顔から、焦燥感が溢れだす。
「大御所らが手掛ける楽曲から、あまりに落ちるクオリティの曲なんて出せねェんだよ。それに、何人いると思ってやがる!」
激しくテーブルが叩かれ、テーブルの上のココアが再び零れた。
「ん、人数か。アロアとメロエの、ウェヌス・アキダリア。プレジデントカルテットは、ライア、メリー、テミル、エリアの4人だな。プレー・ア・デスティニーは、タリア、アステ、メルリ、エレト、マイヤ、タユカ、カラノ、アルキ……」
名前を挙げるにつれ、その人数の多さに驚く。
「生徒としては少人数なクラスに思えたが、アイドルユニットとしてはけっこういるな」
「今時、もっと大勢のアイドルユニットが乱立しているから、それでも少ない方だ。しかしだ、オレ1人が創れる量じゃねぇ!」
「会社の他のスタッフに、手伝ってもらえば良いんじゃないか?」
「それが冬のクリスマスシーズンに向けて、新作のソシャゲが3本出る予定でな。その楽曲の提供もしなくちゃで、こっちまで手が回らんのよ」
「なる程……な」
普段はお気楽な友人が、どうしてこれだけ焦っているかボクはやっと理解した。
「……とは言え、だ。ボクに頼ったところで、作曲なんて出来ないぞ」
「そこは期待して無い。それより、お前の生徒に合わせてくれ!」
「と、唐突だな。だが、なんとなくお前の意図は解かったよ」
「ああ。本人たちに会えば、楽曲のヒントくらい掴めるかも知れねェ!」
友人は、藁(わら)にもすがる思いで、ボクを頼ったのだろう。
「仕方ない、今から連絡を取ってみるから、そこのココアでも飲んで待っててくれ」
「何だよ、半分くらい零れちまってるじゃねェか!」
「お前が零したんだ、文句言うな」
ボクはスマホを取り出し、天空教室に居るであろうユミアに、電話をかけた。
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