男(ヤロウ)同士の会話
レオラとピオラの失踪事件から数日が経過し、ユークリッターに流れる話題は、彼女たちの電波ジャックによるゲリラライブに集中する。
「テレビの情報番組の内容も、ネットに追従した番組構成になってるな。お陰でボクの方のマスコミ取材は、多少軽減された感がある。有難いコトだ」
かつて芸能一家が暮らしていた家で、ボクは優雅にインスタントコーヒーを淹れた。
「今日は、日曜日……久しぶりの休日だ。たまにはゆっくり……」
『ピンポーン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!』
ボクの1日の予定をジャマするかのように、けたたましく鳴り響くインターフォン。
「ヤレヤレ、またマスコミの取材依頼か。もしくは、新聞や投資の勧誘かな?」
インターフォンを復旧させたのは早急だったと後悔しつつ、ボクはドア穴から外の様子を確認する。
すると玄関前に、野球帽を深く被った怪しい男が立っていた。
顔はサングラスとマスクで覆われ、キョロキョロと不審な動きを繰り返している。
「なんだ、お前か。さっさと入れよ」
ボクは不審な男を、家の中へと招き入れた。
「よくぞオレと、見破ったな」
男は、帽子とサングラスを脱ぎ捨てながら、ウチのソファに偉そうに座る。
「何年も、安いラーメン屋に通った仲だ。見飽きるくらいにな」
ヤツの前のテーブルに、ホットココアを置いてやった。
思えば目の前の男とは、今年の夏まで戦友だった。
大学を卒業したものの無職だったボクたちは、乗り遅れた就職戦線に2人だけの部隊で挑んだモノだ。
「さて、ウチになんの用だ、不審者」
ボクも目の前のソファーに腰かけ、飲みかけていたコーヒーを飲む。
「テレビで見て知っちゃあいたが、お前、立派な家に住んでやがるな」
「分不相応とは、自分でも思っているよ。ワケ有りでな」
「どんなワケ有り物件だ、聞いてやろうじゃないか」
「ここは元々、芸能一家が住んでいた家だ。芸能界で成功し、これだけの家を建てたんだ。だけど時代がテレビからストリーミング動画の時代になって、成功した芸能一家は四散した。この家で育ったアロアとメロエの双子姉妹は、ボクの生徒としてユークリッドに居るよ」
「世知辛い話しだねえ。ま、テレビで話題になってたから、おおよそのワケは知っちゃあいたが……その芸能一家が住んでいた物件を、お前が安く買い叩いたってワケか」
「ここは賃貸契約だ。実際に買い叩いたのは、ボクの生徒の1人である、テミルの実家がやってるプニプニ不動産だがな」
知っているなら聞くなよと思いつつ、今度はボクが攻勢をかける。
「で、お前こそボクになんの用だ。来るのなら、事前にアポぐらい入れろ」
「ま、たまには驚かせてやろうかと思ってな」
「要らぬ気遣いだ。で?」
「ああ。実はウチの会社、ユークリッドから依頼が来てな」
「マ、マジか?」
「マジだ。内容は、今回売り出すアイドルグループたちに、楽曲を提供するコト。しがないソシャゲ音楽の下請け会社に、随分な依頼だよなあ?」
「ま、まさかとは思うが、ボクが絡んで仕事が発注されたなんてコトは無いよな?」
「依頼はオレに、ピンポイントだ。久慈樹社長の、ご指名らしい」
「それじゃ、本当にボクが……」
「ビッグな仕事を有難うと、礼を言うべきところなんだろうがな……にしたって、今をときめくアイドルユニットの楽曲かよ。ビッグが過ぎるだろうに」
好物のココアを飲みながら、愚痴を垂れる悪友。
思えば、コイツと通ったラーメン屋の間仕切りには、いつも古びたアコースティックギターが立てかけられていた。
「お前、アイドルが歌う曲の作曲なんて、出来るのか?」
「作曲くらいなら、まあなんとか出来る。今や、DTMの時代だからな。問題は、クオリティだ」
※DTM=デスクトップ・ミュージック……パソコンや電子楽器を使った音楽演奏、作曲技法。
「クオリティか。音楽のコトは解らんが、やっぱ大変なのか?」
「呑気な顔して、言ってんじゃねェよ。あのユークリッドがプロデュースする、アイドルユニットだぞ。その楽曲だ。下手なモン出した日にゃあ、大炎上確定なんだよ!!」
マグカップのココアが、テーブルに零れる。
ボクは友人が来訪した理由を、恐らく理解した。
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