起動・ゼーレシオン
巨大なホタテ貝に、背を持たれるように座っている白い巨人。
「頭に、カミキリ虫みたいな長い触覚が付いる。左手には、大きな盾か」
ボクは警戒しながら近づいて、巨人の細部を確認する。
「プリズナーが言っていたな。これは、ボクの機体だって」
座ったまま動かない巨人の懐に近づくと、胸部の黒い筋肉がジュルジュルと音を立て無くなる。
「筋肉は、樹脂みたいなモノで出来ているのか。どうやら胸が、コクピットみたいだ」
予想通り胸のパネルが開き、メカニカルなシートが姿を現す。
その時だった。
宇宙港に轟音が響き、空気が宇宙へと流れ出る。
「艦長、急いで。どうやらイーピゲネイアが、宇宙港の空気を抜いているみたいなの」
「了解だ、トゥラン……グッ」
ポート内が急激に減圧され、意識が飛びかけた。
「ゼ、ゼーレジオン、頼むぞ」
千年前のロボットアニメの名前を付けた巨人に、必死に転がり込む。
シートにしがみついたと同時に、ハッチが閉まった。
「このサブスタンサー、どうやって動かせばいい?」
「普通なら、コミュニケーション・リングにプラグを刺して接続するのだケド、艦長の首にそんなリングは無いものね」
「無いって、そん……うわああッ!!?」
巨大な爆発が起きたのか、ボクはシートから転げ落ちる。
ゼーレシオンの内部であっても、凄まじい衝撃が伝わって来た。
「プリズナー、外はどうなっているの?」
「アマゾネスのヤツらが、待ち伏せてやがったんだ。2人の女王に率いられた全員が、サブスタンサーに乗ってやがるぜ」
コクピットの密閉空間からでは、宇宙での戦闘の様子は解らない。
けれども、プリズナーが苦戦しているコトだけは理解した。
「クソ、どうにか動かないのか?」
「焦らないで、艦長。わたしもあの艦の装備については、詳しくは解らないのよ」
「確かに謎だらけな艦だからな。アフォロ・ヴェーナーだけでも出してくれ」
「了解よ。なるべく早く、戦闘を終わらせるわ」
トゥランの声の後、外部で大きな駆動音がし、それがやがて遠ざかる。
「トゥランが行ってくれたか。それで、何とかなればいいが……」
それから直ぐに、音は聞こえなくなった。
「やけに静かだな。宇宙港の外では、戦闘が行われているハズなのに……」
コクピットの内部は、不自然なくらいの静寂に包まれている。
「空気なんかの伝達物質の無い宇宙じゃ、爆発があっても音は聞こえないのか。昔のロボットアニメだと、宇宙空間でもハデな爆発音がしたのに、味気ないな」
返事をする相手の居ないボクの言葉は、独り言となる。
「まるで冷凍カプセルに、戻ったみたいだ。思えばボクも千年もの間、こんな狭っ苦しい空間で眠ってたんだよな」
ボクの脳に、時澤 黒乃が創った冷凍カプセルでの感覚が甦った。
「黒乃……」
目を閉じ、未来に辿り着けなかった少女を思う。
胸に仕舞っていた、彼女の形見の髪飾りに手を当てた……その時だった。
「な、なんだ!?」
急に視界が開ける。
目の前には、爆炎に包まれる宇宙港の様子が浮かび上がった。
「ボクは、目を閉じていたハズなのに……なんでッ!?」
咄嗟に俯いて、自分の手のひらを確認する。
それは余りに巨大で、左腕にはシールドまで装備されていた。
「こ、これはボクの手じゃない。この巨人……ゼーレシオンの手だ!?」
ボクの脳が、巨人の身体とリンクする。
「巨人の身体が、まるで自分の身体みたいに動かせる。意識なんかしなくても、手を挙げたり、立ち上がったりの命令が、黒い筋肉に伝わっているんだ」
片膝に手を付き立ち上がると、視線があり得ない速さで上昇した。
「ボクは、巨人になったのか……逆に、ミニチュアセットの中に入った感覚だ」
宇宙港の外に目をやると、巨大な木星と、地球で見るより小さな太陽と、戦っているサブスタンサーが見える。
「行くよ、ゼーレシオン」
ボクは心を躍らせ、宇宙空間へと飛び出した。
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