ミネルヴァ
宇宙の大海原から、地球の大気圏を降下して来た巨大な万能イルカ。
アフォロ・ヴェーナーは今、地球の汚れた海の中を潜水艦のように潜航していた。
「宇宙斗艦長。放射能の洗浄作業を行うから、もうしばらくゼーレシオンの中で待機していて。ミネルヴァさまも、宜しいでしょうか?」
潜水艦の艦長であろう、トゥランの声が艦内ドッグに響く。
放射能に汚染された雨の中で、長時間の戦闘を行ったゼーレシオンと、シャラー・アダド。
プリズナーやセノンのサブスタンサーよりも、長時間の除染作業が必要だった。
「ミネルヴァさんは今、ゼーレシオンのコックピットに乗っているんだ。放射能の外界に投げ出されてしまって、早目の処置をしないと心配なんだが……」
「では、シャラー・アダドには?」
「ラビリアとメイリンと言う、2人の女のコが乗っている。詳しいコトは、後で話すよ」
「了解したわ。ゼーレシオンを優先して、措置をするわね」
「ああ、頼む。ボクは一旦、ゼーレシオンとのリンクを切るよ」
巨人(ゼーレシオン)と一体となっていたボクの意識は、自分の身体へと戻って行く。
ボンヤリとしていた視界がクリアになり、コックピット内部の様子が浮かんで来た。
1000年前の引き籠っていた頃の、自分の部屋の布団から目覚める感覚と何ら変わらない。
1000年の眠りから始めて目覚めたときよりは、意識もはっきりとしていた。
「どうやら本当に、生きてるみたいだな。ミネルヴァさんは……!?」
自分の無事を確認したボクは、膝の上に横たわっている女性の異変に気付く。
「ミネルヴァさん、ミネルヴァさん!!」
ボクは、必死に呼びかけた。
けれども、ミネルヴァさんは目を閉じたまま反応が無い。
「放射能の、影響か。まさか、ここまで酷い状態だったなんて!」
ボクは、連絡を入れるために再びゼーレシオンと一体化した。
「トゥラン、聞こえるか。ミネルヴァさんの容態が、著しく悪化している。彼女だけでも、ゼーレシオンからなんとか降ろせないか?」
「残念だケド、このまま除染を進めた方が早いわ」
「そうか。直ぐに処置をできるように……」
「任せて。準備は整えてあるから」
それから5分ほどで、除染作業は完了した。
ゼーレシオンのコックピットから降ろされたミネルヴァさんは、直ぐに処置室へと運ばれる。
その顔は青ざめ、息もしていないように感じた。
それから、放射能汚染されたであろうボクや、ラビリア、メイリンの除染も行なわれる。
服を全て脱ぎ払って、高速道路のオレンジ色のナトリウムランプが灯ったような部屋に入った。
「ミネルヴァさま、大丈夫ラビか」
「とっても、心配リン」
2人は、全裸であるコトなど気にも留めず、同じ実験室で生まれた姉の身を案じる。
「とうぜんじゃないか。彼女は、200年も生きて来たんだ。こんなところで、死ぬハズがない……」
2人に背中を向けたボクは、希望的観測を述べながら除染のシャワーを浴びた。
……けれども希望的観測は、直ぐに絶望へと変わってしまう。
「ミネルヴァさんは、処置室に運ばれたときにはもう……」
トゥランが、言った。
処置室のベッドに寝かされた、ミネルヴァさん。
運ばれた時よりも、血色が良いようにすら見えた。
「……彼女は……死んだのか?」
ボクの問いかけに、沈黙が答える。
「ど、どうして……ボクはミネルヴァさんと、さっきまで話していたんだ!」
「高濃度の放射能を浴びたのが、原因よ。意識があったのが、不思議なくらい……」
高性能を誇るアーキテクターのトゥランが、沈痛な顔で告げた。
「生き返るトコは、出来ないのか。彼女の意識を、他の身体に移すとか」
「生前に自分の意識をデジタル化して、記憶デバイスに保管してありゃあな。富豪だの政治家だのは、みんなやってるぜ」
「残念だけど、プリズナー。彼女に、その形跡は無かったのよ」
「ヴィクトリアのニケーにも、確認したのか」
「ええ。ミネルヴァさんは死ぬコトを覚悟して、地球に降りたと言っていたわ」
ボクの耳に入り込んで来る情報は、ミネルヴァさんが死んだと言うモノばかりだった。
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