生贄の儀式
「どうすんだよ。食糧庫の食料まで、喰われちまったら……」
「ただでさえ飢饉だってのに、みんな干上がっちまうぞ」
4人の少年たちは一つに固まって、バッタが当たる面積をできる限り減らしながら歩く。
「うわあ!?」
「どうした、ハンス?」
「今、何かにぶつかって転んじゃって……」
小太りの少年の前で、バッタが一斉に飛び立つ。
そこには、彼がつまづいたモノが転がっていた。
「オ、オイ、これって……ハンナさんじゃないか?」
「何言ってんだ。脅かすなよ、マル……ク、うわあ!?」
キノが恐る恐る覗き込むと、そこには半ば白骨化した女性の遺体があった。
「もうダメだ。この村は、お終いだぁ」
「バッタのヤロウ、人の肉まで貪り喰うのか」
「どうする、マルク」
「オレたちだけでも、逃げるしかねえ」
「だけど、食料も無いのにどうやって生き抜く?」
「うるせえ、そんなのテメーで考えろよ、ケイダン」
疲労と恐怖と絶望によって、少年たちは遂に仲たがいを始めてしまう。
「オレは逃げるぜ。お前らは、勝手にしやがれ」
「逃しはせぬぞ、小童ども」
マルクは、一人だけ走り出そうとするが、誰かに行く手を阻まれる。
「うわあああ、そ、村長!?」
彼を見降ろすように、村の村長とやせ細った大人たちが立っていた。
「ゴ、ゴメン、村長。オレたち……」
「今、小童どもが行なった非道を見たか、皆の者!」
マルクの声は、村長の怒声でかき消される。
「この者たちは村から逃走し、外よりバッタの大軍を導き入れ、食糧庫の食料までバッタにくれてやった。そればかりか、村の家々に火をかけたのだ」
「な、何言ってんだァ……?」
「オ、オレたち、そんなコトするワケねえだろ」
「なんてガキどもだ」
「この村の命運は、コイツらのせいで終わっちまった」
「子供だからって、許される犯罪じゃないわ」
大人たちは、聞く耳を持たない。
「み、見てくれ、村長」
「こっちでハンナが、死んでるぞ!」
「な、何と……殺人まで犯すとは、もはや許し難し!」
「違うよ、村長。ハンナさんは、最初っから死んで……」
「この者たちを、モレクスさまの生贄とする」
村長の号令で、村人たちの持った松明が、子供たちを取り囲んだ。
「や、止めてくれェ!」
「イヤだよ。まだ死にたくないィ!」
4人の少年は、村に戻ったコトを心の底から後悔する。
「マルク、ハンス、キノ、ケイダン……」
彼らにとって、母親のような存在の声が聞こえた。
「シ、シスター、聞いてくれ」
「オ、オレたち、何もしてねえんだ」
「全ては、バッタがやったトコで……」
「ど……どうして……どうして戻って来たのォ!」
揺ら揺らと揺らめく松明の後ろで、ただ泣き崩れるシスター。
その姿を見て、4人は自分たちの辿る運命を悟る。
月は、炭と化した家々のくすぶった煙と、黒いカーテンに覆われた。
聖堂に籠ったシスターは窓から、松明の列が谷底に向かって降りて行くのを目撃する。
「モレクスさま、どうかこの者たちの命で、怒りをお鎮め下され」
長老が、谷底の干上がった湖にある、巨像の残骸の隠し扉を開ける。
地下のマグマ湖に向かって、降りて行く大人たちに挟まれる、4人の少年たち。
「これより、生贄の儀式を執り行う。皆の者、準備をせい」
マグマ湖に浮かぶ牛頭の巨像の周りに、かがり火が焚かれる。
中が空洞となった巨像の中に、乾燥した薪がくべられ炎が燃え上がった。
「最期に聞く。サタナトスと、アズリーサの兄妹はどうした?」
「ジル、ミリィ、シア、セリア、サティの5人は、生きているのか?」
「ア、アイツらは……その」
「リ、リザードマンに……」
「オイ、バカ!」
「なんじゃ、マルク。お主が答えて見せいッ」
「ジ、ジルたちは死んだケド、サタナトスとアズリーサは生きている!」
「オイ、マルク!」
「うるせえ、ケイダン。オレたちはサタナトスの命令で、村に帰って来たんだ」
少しでも生き永らえようとする少年の嘘が、新たな悲劇を産む。
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