哀れな生贄(スケープゴート)
「オレに、マホ・メディアの子を殺せと言うのか?」
酒気を帯びた男の表情が、一層険しくなる。
「魔王の子にございます」
けれども村長は、一歩も引かない姿勢を貫いた。
「魔王の子であると言う、確たる証拠はあるのか?」
「そんなモノは、どの人間にも言えるコトです。生まれた瞬間を覚えているワケでも無いのに、どうして確実に自分の血統(ルーツ)が正しいと言えましょうか」
「詭弁であろう。これ以上、話を聞く気は……」
「外をご覧なさい!」
村長は、窓の外を指さす。
そこにはおびただしい数の羽虫が、街の空を埋め尽くしていた。
「キャス・ギアは、我らが村など比べものにならない、豊かな穀倉地帯にあります。本来であれば稲穂が垂れ、果物が実を着けるこの時期に、何の食料も無いではありませんか」
「それがどうした。全ては忌々しい、バッタどもの仕業よ」
「あなたは、街の惨状から目を背けておられる。街には餓死者が溢れ、民の心が絶望しているこの時に、バッタが 犯人だと正論を説いたところで、何の意味もございません」
「マホの子供たちを、哀れな生贄(スケープゴート)にしようと言う、算段か?」
「誰かが、責任を取る必要があるのです。それが人間では、抗いようのない天災とあっては尚のコト」
「オレたちだって、村の子供たちを神様に捧げただよ」
「でも、一向にバッタの数は減らねえ」
「それどころか、ヤホーネスの国中に広がる勢いだ」
「今こそ悪魔の子らを、討つ時ではありませんか。ムハー・アブデル・ラディオさま、ご決断を……」
男には、目の前の村人たちこそ悪魔に思えた。
けれども人間とは、そう言った行為を過去からずっと、続けてきた生き物である事も理解していた。
「わかった……引き受けよう」
「おお、誠にございますか。有難うございます」
「だが街の領主にも、話を通す必要がある」
「心配には及びません。既に領主さまには、ご同意いただいております」
「随分と根回しがいいな」
「恐れ入ります。前金ではありますが、報酬をお納めください」
村長は、金貨の入った袋を幾つか、男の前に差し出す。
「貧しい村と聞くが、ずいぶん羽振りがいいな」
「我らが先祖代々土地を切り開き、蓄えた金の一部にございます。ですがこれだけあっても、何の食料も買えません」
「オレの酒代に消える方が、合理的とは皮肉なモンだな」
男は袋を掴むと、壁に立て架けた剣を取り立ち上がった。
「ん、コイツは?」
両開きの扉を押し退け外に出ると、酒場の傍らにやつれた顔の少年が座っているのに気づく。
「サタナトスらが潜む、オアシスの場所を知る案内人にございます」
「役目が終わったら、どうする?」
「我が村には、必要ありませんな」
「ならばオレが預かろう。荷物持ちくらいには、使えそうだ」
「お好きに使っていただいて、かまいません」
少年はあっさりと、譲渡された。
それから一行は、領主の邸宅を訪れ兵を借りる。
村長と村人一人は街に残り、ラディオは、兵士とケイダン、若い村人二人を伴って邸宅を出た。
「おお、ラディオさまが、立ってくれたぞ」
「どうかバッタどもを操る、サタナトスめらを討ち滅ぼして下され」
「憎き魔王の子めらに、正義の裁きを!」
キャス・ギアの大通りには、やせ細った人々が集まり一行を見送る。
領主が意図的に広めた情報に踊らされ、歓声を上げる人々の瞳には、少しだけ希望の光が蘇っていた。
「ここが、キャス・ギアの街か。平地に城が直接建っているし、そこら中に田んぼや畑があるな」
ラディオ一行が街を出てから数時間後、サタナトスが街に辿り着く。
「でも、何の食料も残されてない。全てバッタに、食い荒らされたのか……」
バッタの群れの中を進む、サタナトス。
マントの下には、魚の干物や果実が潜ませてあった。
「これは、思ったよりも酷い惨状じゃないか。食料を持ってると解かったら、襲われてしまうぞ」
サタナトスが、慎重に取引できそうな店を選んでいた頃。
蜃気楼の剣士が率いる一行が、留守を守るアズリーサの元へと迫っていた。
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