裁判沙汰
「実はヤツら、スマホで撮影した動画を、ネット上にアップした様なんです」
若い警察官が言った。
「無論、我々もヤツらのスマホは全て、押さえていたんですがね……」
初老の警官が、若き後輩の肩を叩く。
「拘留する以前にヤツら、海外のサーバーにアップしていたらしくて」
動画とは、女子中学生たちのスカートの中を撮影したモノだった。
「ウ、ウソ!?」「そんな……」
「いやああぁぁッ!!」
それがネット上に流出してしまった事実に、泣き崩れるジャージ姿の少女たち。
「クソ、酷いコトしやがる!」
タリアは憤りながらも、女子中学生たちを抱き寄せた。
「今、流出経路を洗ってるところなんですが、既に……」
「おい、そのくらいにして置け!」
ベテランの警察官が、声を荒げる。
「先生、ちょっと……」
「は、はい」
ボクは初老の警察官に従い、彼と二人だけになった。
「ヤツらのウチ、もう何人かは退院してましてな」
警察官は胸ポケットを探るが、やはり目的の物はない。
「おっと。煙草を長年吸ってきた人間の、条件反射ってヤツですわ」
「ヤツらは、タリアを訴える気なんですか?」
裁判沙汰になるのか……と、率直に思っていた。
「まだはっきりとはわかりませんが、恐らくは……」
「むしろ彼らの方が、あの中学生の少女たちに訴えられるのでは。彼らのアップした動画も、逆に犯罪の証拠となる」
「そうなれば、ヤツらに勝ち目はないでしょうな」
「……そうはならないと?」
「なにせまだ中学生の、傷付きやすい年ごろですからなあ」
「体面や世間体を、気にするというコトですか?」
「娘たち自身もですが、親たちも気にする人間が多いんですわ」
「です……よね」
「実際、裁判で勝てたとしても、少年院から直ぐに舞い戻ってきますから」
「そんなコトが、許されていいハズがありません」
悪を断じる声がした。
「ラ、ライア!?」
振り向くと、そこに立っていたのは、新兎 礼唖(あらと らいあ)だった。
「つまり彼らは、一方で弁護士を立てて自分たちの正当性を主張し、他方で動画を盾に彼女たちやその両親を脅迫する算段ですよね?」
「そう……なるよな。実際、そんなコトが可能なのですか?」
「……これは、ただの独り言なんですがね……」
ボクとライアの問いに、初老の警官は咳払いをしながら手帳を開く。
「瀧鬼川 邦康……これがまた、厄介な弁護士でしてな」
「彼らの弁護を、引き受けたんですか?」
「ええ。金のためなら、どんな悪党だろうと弁護する男ですわ」
「金のため……」
逆に言えば、大金でしか動かないのだろう。
「彼らの中に、瀧鬼川弁護士を雇えるだけの、資金力のある人間がいると?」
「襟田 凶輔という、リーダー各の男ですよ」
警察には守秘義務もあるのだろうが、構わず話してくれた。
「アイツ……か。髪を真っ赤に染めた、嫌味な野郎だったよ」
今度はタリスが、ボクたちのところへやって来て言った。
「親が県会議員でしてな。その親も、ほとほと手を焼いているようですが」
女子中学生たちは、代わりにレノンが慰めてくれている。
「ところで、先生。そちらの娘さんも、生徒さんですか?」
それは、ピンク色の髪の少女に向けて言われた言葉だった。
「ええ、新兎 礼唖は天空教室(ウチ)の生徒ですが」
「新兎……ひょっとして、キミのお父上は?」
「はい……元警視総監の、新兎 潤一楼です……」
ライアは、表情を曇らせながら呟く。
「汚職によって世間を騒がせた挙句、崩壊した家庭を捨て、行方を眩ませた男です」
彼女は父親を、ただ単に『男』と読んだ。
「あの事件は……いえ。何でもありません」
初老の警察官は、何かを言いかけ、途中で引っ込める。
「今話せるコトは、それだけです、先生」
「そうですか、貴重な情報をいただき、有難うございます」
ボクが頭を下げると、二人の警察官は去って行った。
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