ギリシャとトロイア
「この艦の戦闘能力は、火星のトップ企業の十二個艦隊に相当するワケだな」
『マルステクター社は六個艦隊、保持しております』
「例え全艦隊を終結させたとしても、このMVSクロノ・カイロスを沈められないってコトか?」
ヤレヤレ、随分と厄介な艦を手に入れてしまったものだ。
「ボクとしては、セノンやクーリア、真央たちをハルモニア女学院に返してあげたいんだが……」
「オレもそれを望むぜ。クライアントが、首を長くして待ってるんでな」
プリズナーもカルデシア財団から、クーヴァルヴァリア救出を依頼されてる。
「ちなみにこの艦の、ステルス性能はどうなんだ。フォボスにあれだけ近づけたんだから、かなり高いと思っていいのか?」
『艦長を捕獲する任務での時点では、まだフォボスは何の警戒もされておりませんでした』
なんだか周りくどい言い方をするな、ベルは。
「プラント事故を装って、クーリアを誘拐したのが発覚したから、現在は警戒レベルが上がっているってコトでいいのか?」
『その可能性が高いと思われます。MVSクロノ・カイロスは、かなりのステルス性能を誇りますが、これだけ巨大な艦を物理的に消せるワケではありませんので……』
どうやら、MVS……マルチバース・シップの名称は、肩書き倒れのようだ。
「ハルモニア女学院かカルデシア財団に、直接コンタクトを取ることは可能なのか?」
『火星から木星までは、約五億五千万キロあります』
「うわあ。光のスピードで、三十分もかかるってコトかあ?」
セノンにマケマケの名を頂戴した、真央=ケイトハルト・マッケンジーが言った。
「それじゃダメなの?」「ダメに決まってるだろ、セノン!」
「こちらで喋った言葉が、向こうの耳に届くのが三十分後じゃ会話にならないだろ」
ボクが真央の替わりに説明した。
「な、なるホドなのですゥ!」
『艦長に提案なのですが、まずはこの宇宙の人類の営みを、実際にその目で見てはいかがかと?』
カプセルの中の誰かが映し出す、幻影に過ぎないベルダンディが言った。
「そうだな、ベル。ボクは、この時代について、あまりに多くのコトを知らない」
「面倒臭ェこと言ってんじゃねえぞ。こっちは……」
『艦長命令は絶対です、プリズナー。命令違反は、生命の抹消を……』
「ま、まあ、待ってくれよ二人とも」
ナゼか艦長のボクが、二人の間を仲裁する。
「この辺りで、一番近い人類の国か企業はどこなんだ?」
『パシファエ木星開発機構の、資源採掘工場がパシファエ群の各衛星にございます』
「パシファエ群は、木星の自転と逆に回転してる衛星たち。たぶん、小天体が木星の重力に捕まって衛星になった」
水色のセミロングの髪の少女が言った。
彼女の名は、ヴァルナ・アパーム・ナパートで、艦内にある街の学校では水泳部という設定だった。
「そこに、新たな人工の巨大衛星を浮かべて中心都市とし、衛星企業群を作った」
「でも、人口は千人いるかどうかってトコでしょ。ヘリウムの採掘はほぼ無人で行われてるし、整備員や技術者とその家族みたいな?」
茶色いドレッドヘアの少女、ハウメア・カナロアアクアが反論する。
二人は、フォボスのプラント事故で大ケガを負いながらも、この艦の医療設備によって回復し、今は艦のブリッジのオペレーター要員となっている。
「他には無いの、ベル?」
『大きなものですと、トロイア・クランがございます。木星の公転軌道上、トロヤ群に巨大企業国家を形成しており、軍事企業でもあるため多数の艦隊も所持しております』
「なんだか物騒な企業だな」
『実際にその通りです。現在、アキレスを主星とするギリシャ群のグリーク・インフレイムと、パトロクロスを主星とするトロヤ群のトロイア・クラッシックとの間で、戦争が勃発しております』
ベルダンディは、表情も変えずに淡々と説明してくれた。
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