接触(コンタクト)
MVSクロノ・カイロスは、漆黒の宇宙を航行し続けていた。
周りを取り囲むように、何隻もの赤い戦艦や蒼い空母が、規律正しく並んで追従している。
「ヤレヤレ、まるで生まれたてのヒナ鳥みたいだな」
「この艦を、親と認識しちゃってるんでしょうか?」
「当たらずとも遠からず……」
真央、ハウメア、ヴァルナの三人が、オペレーター席で会話を弾ませている。
「艦長、準備はしておけよ」
「解かってるさ、プリズナー」
ボクは、艦長の椅子に深く座り込んだ。
「解かってるって何がですか、おじいちゃん?」
「グリーク・インフレイム社と、トロイア・クラッシック社。二つの企業からの接触(コンタクト)だよ」
「ふえ。なんでコンタクトがあるって解かるですか?」
「そりゃ、自分トコの艦隊を略奪されたんだから、当たり前だろ」
「それに、両陣営に放送されてる……」
「カメラ付き撮影機が、頑張って仕事してるじゃん」
ハウメアの言った通りMVSクロノ・カイロスの周りを、赤と黄色の両陣営の艦載機が飛び回っていた。
『艦長。予測通り、両陣営からコンタクトが入ってります』
「ああ、繋いでくれ」
偉そうに……社長にでもなったのか、ボクは?
頭の片隅でそんなコトを考えながら、巨大モニターを見上げる。
画面二分割で、いかつい中年の男が二人、映し出された。
「始めてお目にかかる……とでも、言えばいいのかな」
向かって右側の男が、勝手に話し始める。
「我が艦隊をジャックし、さぞや得意気なのだろう?」
「わたしは、アキレウス=アイアコス」
男は金髪碧眼で、体は勇壮な筋肉に包まれていた。
古代ギリシャ風の民族衣装を思わせるデザインの、宇宙服を着ている。
「L4の小惑星群、通称ギリシア軍を率いるグリーク・インフレイム社の会長だ」
まるで古代ギリシャの英雄の如く、威風堂々と胸を張る。
「キミは、その艦の艦長なのかね。随分と若そうだが?」
どうやらこちらの映像も、向こうに流れているらしい。
「たぶん貴方よりは年上ですよ」
何となく、腹の立ったボクは少し挑発的な返事をした。
「まあいい。キミの目的はなんだ?」
相手からすれば、至極当然の疑問だろう。
『あなた方の艦隊が、勝手に付いて来てしまいました』と言って、信じて貰えるだろうか?
「キミの要求はなんなのだ……と、聞いているのだ」
すると、アキレウスの隣に映った男が、喋り始める。
「オレは、デイフォブス=プリアモス」
やはり筋肉質の英雄然とした男は、クセ毛の黒髪に茶色い肌をしている。
古代ギリシャ民族風デザインの宇宙服は同じでも、色は黒かった。
「L5の小惑星群であるトロヤ群の、トロイア・クラッシック社の代表を務めている。我が社の艦隊を略奪した罪は重い。速やかに変換されたし」
この時は気付かなかったが、彼は会長とは名乗らなかった。
「変わった名前のオジサンだよね、おじいちゃん」
ボクの隣で、ボソッと呟くセノン。
『木星のトロヤ群の小惑星は、古代ギリシャの叙事詩・イーリアスに登場するトロイア戦争の英雄たちにちなんで、名前が付けられました』
「つまりは、二つの企業の会長は、英雄の名前を襲名しているのか?」
『会長以外にも会社の幹部クラスは、英雄の名前にちなんでおります』
……さて、古風な二人の英雄を前に、どう返答したものかと悩む。
「オイ、おっさん共。随分と焦っている様じゃないか?」
すると二人の英雄に対し、プリズナーが挑発的な言葉を浴びせた。
「何ィッ!」「誰だ、キサマは」
「そりゃそうか。軍事企業の看板商品である艦隊が、丸ごと乗っ取られたんだからな」
「クッ……だが既に、手は打ってある」
「太陽系を代表する巨大軍事企業を相手に、逃げおおせると思うなよ」
「逃げる……二個艦隊を手にいれたのに、逃げる必要がどこにある?」
「止めるんだ、プリズナー。これ以上、挑発を続けたら……」
「二つの艦隊を、どう使うかは艦長次第だぜ?」
プリズナーは、野心的な目でボクを睨んだ。
前へ | 目次 | 次へ |