小惑星パトロクロス
『小惑星・パトロクロスは、本来は直径が約百二十キロメートルの天体です』
MVSクロノ・カイロスが誇る、博識なるフォログラムが言った。
『この星は、ほぼ同等の大きさを持つメノイティオスと、二重小惑星を形成し、トロヤ群小惑星帯の主星として発展して来ました』
「パトロクロス……トロヤ群にありながら、本来はギリシャ側の英雄だったな」
プリズナーが、隣で呟く。
「それに、『英雄アキレウス』の、親友でもあったんだ……」
ギリシャの叙事詩・イーリアスでは、トロヤ(トロイア)軍とギリシャ軍が戦争をした。
ギリシャ軍・最大の英雄アキレウスは、当初は参戦を渋る。
けれども、アキレウスから鎧を借り、自らをアキレウスだと偽って出陣したパトロクロスが、トロイアの英雄・ヘクトルの前に倒れた時、アキレウスは出陣を決意する。
「戦争に参加すれば、死が待っている……そんな予言があったのにな」
古代ギリシャの叙事詩に思いを馳せながら、ボクは目の前に浮かぶパトロクロスをボンヤリ見ていた。
「やはりパトロクロスも、本来の姿からはかなり大きくなっている様だね」
『この辺りは木星の重力によって、火星と木星の間のメインベルトの小惑星も、引き寄せられるエリアです。膨大な鉱物資源により、軍事企業国家として巨大化したのです』
「艦長、接岸許可が出てるよ」
「流石に、この艦が入港できる宇宙ポートは無い……」
「なんせ全長が、二千四百メートルもあるしね」
艦橋での記憶を取り戻した三人娘が、オペレーターとして艦を誘導し始める。
「ペッシィは、部下の人とハンガーで待機してるよ、おじいちゃん」
「ペッシィって……まさか?」
「ペンテシレイアさんのコトだろうね。アハハ」
真央はボクと顔を見合わせ、苦笑いをした。
「アマゾネスの女王も、セノンにかかると形無しだな」
「ところでよ、艦長。上陸部隊は、誰が行くんだ?」
「そうだな。ボクとセノン、それにプリズナーとトゥランでどうだろうか?」
「問題ね~ぜ。お前のボディーガードくらい、やってやるよ」
「アナタが問題を起こさないかの方が、心配だけどね」
「う、うるせー。行くぞ、バ~カ」
「わたしたちも行こ、おじいちゃん」
「やっぱセノンからは、おじいちゃんって呼ばれる方が、しっくり来るな」
「ふえ……なんのコトですか?」
「何でもないさ。行こうか、セノン」
「ハ、ハイです」
ボクたちは、エレベーターを降りハンガーへと向かった。
「これは宇宙斗艦長。いよいよ上陸される、おつもりですか?」
「ああ、ペンテシレイアさん。同行を頼めるかな?」
「はい。元より、そのつもりでお待ちしておりました」
「さて、パトロクロスとは、どんな星だろうか」
ボクたちは、艦と接続された透明なパイプを通って上陸した。
重力版の減圧ルームのような部屋で、私服に着替え街に足を踏み出す。
「おじいちゃん。用意して来た服、似合ってますよ」
「ありがとう。セノンの服も、カワイイね」
「そ、そそ、そうでしょうか?」
千年後の未来で一番最初に出会った少女は、頬を赤く染めている。
彼女は、淡いピンク色のワンピースに、白いハイソックスを履いていた。
「重力もあるし、ここが木星のラグランジュポイントとは、思えないな」
小惑星・パトロクロスのあるトロヤ群も、アキレウスのあるギリシャ群も、太陽を中心に木星とほぼ同じ軌道を周っている。
「大きなビルが、いっぱいですね。あ、あのアイスクリーム屋さん、ハルモニアにもありますよ」
年ごろの女の子らしく、無邪気にはしゃぐセノン。
「マケマケたちも、来れたら良かったのにィ」
「交渉が順調なら、直ぐに下艦の許可が降りますよ」
「ホ、ホントですか、ペッシィ?」
「は、はい?」
「スミマセン。気にしないで下さい……」
ボクはセノンの頭を押さえつけ、謝った。
「アレが、トロイア・クラッシックの本社となります」
金色スーツ姿のペンテシレイアの右手が、天にそびえるビルを指し示した。
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