簡単に得られる知識
「く、黒乃!?」
ボクは思わず叫ぶ。
小さな住宅街の、電信柱の下に立っていた女性のクワトロテールは、艶やかな黒ではなく栗色だった。
「世音……どうしてキミがここに……!?」
そこには、ついさっき別れたセノンの姿があった。
「その服……一体どうしたのですか、セノン?」クーリアも問いかける。
セノンは白いシャツに、ピンク色のリボンを可愛らしく結んでいた。
下半身には紫陽花(あじさい)を連想させる、チェック柄のスカートを穿いている。
「セノン……その制服……ボクたちの学校の!?」
彼女が身に着けていたのは、ボクの通っていた高校の女子生徒の制服であり、かつてボクの部屋に来た、時澤 黒乃も身に着けていたモノだった。
「もう、なにやってるんですか、宇宙斗くん。生徒会長も急がないと、遅刻しちゃいますよ!」
セノンが、ボクとクーリアの腕を掴んだ。
「落ち着け、セノン。何を言ってるんだ!?」「ちょ、ちょっと……セノン!?」
セノンは走り出し、ボクたちは引っ張られて何メートルか進まされる。
「トゥラン、やはり何かおかしいぜ。ラサたちを飛ばして、辺りを探れ!」
「了解です。プリズナー」トゥランが四本の髪の先から、小型アーキテクターを分離させる。
「ラサたち、お願いします」「了解ィ!」「任されたぁ!」
四人のラサたちは、元気に上空へと飛び上がって行く。
「フギャアッ!?」「グハアッ!!」「キャアア!?」「ヒャアア!!」
ラサたちは、雷にでも撃たれたかのように感電して、落下してしまう。
「やっぱ、オレたちを監視してやがる。『時の魔女』の仕業か!?」
プリズナーとトゥランは、撃墜されたラサたちの元に駆けよる。
「待ってくれ、セノン。一体、どうしたと言うんだ!?」
ボクは、セノンの手首を握って、彼女が走るのを止めた。
「学校、行かないと……遅刻しちゃいますよォ?」虚ろな表情のセノンが言う。
すると空に浮かんだ雲や、街のコンクリート塀や商店街に貼られたポスターに、『Warning』の文字が浮かんだ。
「一体、なにがどうなってやがる!?」辺りに、警報音が鳴り響く。
「音波式の制圧兵器です。気を付けて……」トゥランの言葉は、超高音の音波でかき消される。
ボクの意識は、一瞬で断ち切られた。
『リーンゴーン』耳に、聞き覚えのある鐘の音が響き渡る。
「ん……ここは……!?」ボクは、目を覚ます。
一番に目に飛び込んできたのは、安っぽい模様の机だった。
「佐々木、十二ページの三行目から、読んでみろ」「はい……」
顔を上げると、深緑色の長い板に白い文字が並び、その前に四十代くらいのおじさんが立っている。
「ここは……高校の教室!?」ボクも、いつの間にか制服を着ていた。
「そこじゃない、ちゃんと聞いていたのか、佐々木。仕方ない、委員長……」
「はい……」返事をして立ち上がったのは、クーヴァルヴァリアだった。
「ク、クーリア? どうして、キミまで……!?」
ボクの高校に居るハズの無い、未来の世界の人間であるクーリアまでそこに居る。
「宇宙斗、どうしたんだ、ボーっとしてよ?」斜め後ろの席から声をかけてきたのは、真央だった。
制服も、黒乃の着ていたモノと同じだったが、首元にあるリングだけが違っている。
「確か、『コミュニケーション・リング』とか言ってたな?」
リングについては、セノンから説明を受けていた。
「このリングによって、あらゆる情報を簡単に得られるんだよな?」
千年後の未来では勉強をしなくても、チップ一つで簡単に知識が得られる。
覚えるのではなく、それぞれの分野の情報の詰まったチップを、差し込むだけである。
得た知識を管理しているのが、恐らくこの『コミュニケーション・リング』なのだ。
「普段の学校の風景にしか見えないケド……これも幻想なのか?」
雲は浮かんでいたものの、メカニカルな天井も見えた上空も、澄んだ青空になっていた。
「セミが鳴いてるし、蒸し暑い。こんな授業風景をボクに見せて、何がしたいんだ!?」
「わたしたちの生きる千年後の未来では、知識は学ばなくても、簡単に得られるようになりました」
クーリアが、朗読を続けている。
「初期の段階では、知識だけインプットしても、脳が知識にアクセスする過程が抜け落ちていたために、多くの精神障害を引き起こす事故が発生してしまい……」
彼女が呼んでいるのは、コミュニケーション・リングの歴史という項目だった。
「ボクの時代のアナログな教科書に、未来の事柄が描かれているなんて、シュールな話だな」
それは明らかに、この艦のあるじであろう『時の魔女』が、仕組んだモノだろう。
中年の先生が言った。
「つまり、コミュニケーション・リングに、間違った情報を与えてやれば、未来は簡単に支配できるというコトだ」
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