大観覧車
紅い惑星の地平線に、紅い夕陽が沈もうとしていた。
「火星のドーム内の僅かばかりの大気では、ここまで空が紅く染まるコトは無い気はするんだが……」
大観覧車のゴンドラに揺られながら、ボクは演出されたトワイライトタイムに愚痴をこぼす。
「そこは、テーマパーク側の粋な配慮と言うものです。大人としては、あまり詮索せずに受け入れるべきではありませんか?」
ムードを台無しにする発言に、目の前の少女が機嫌を損ねた。
「ゴメン、クーリア。どうもボクは、女のコと2人きりで観覧車に乗ったコトが無くて……何を話したらいいか、わからないんだよ」
「フフフ。でしたら、わたくしも同じです。男の人と2人きりで、デートの真似事などをしたコトがございませんから……」
向いの席に座る少女が、美しい顔を夕日に染める。
彼女の名は、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダ。
大財閥・カルデシア財団のご令嬢であり、財団後継者の第1候補でもある。
「せっかくキミの友人たちが、セットアップしてくれたんだ。せめてゴンドラに乗っている間だけでも、デートでいいんじゃないかな……」
眼下のテーマパークのあちこちで、彼女の取り巻きの女のコたちが観覧車を見上げていた。
「そう……ですわね。あのコたちには、とても感謝しております。今回のコトばかりでは無くて、常にわたくしと共に居てくれたコトに。ですが彼女たちとも、もう一緒には居られなさそうです」
ゴンドラから見える、アクロポリス宇宙港。
その宇宙ドッグの隙間から、巨大な白い船体をした優雅な艦が係留されているのが見える。
「キミは明日、キミの名を冠した艦の艦長に就任する。その艦は、新たに再編される火星艦隊の旗艦でもあるんだね」
「そうなれば否が応でも、わたくしは火星艦隊の指揮官の重責を負わされるでしょう。実質の指揮はアポロが執るとは言え、自由なハルモニア女学院の生活には、戻れませんでしたわね」
寂しそうな顔で、微笑む少女。
目には薄っすらと、涙が浮かんでいた。
「ゴメン、キミをハルモニア女学院に戻すって約束、守れなくて……」
「いえ。艦長は最善を尽くしてくれました。それにこれは、火星側の事情ですから」
論理的な言葉を並べる、ボクとクーリア。
およそデートには、向いていない2人なのだろう。
「艦長は……セノンさんのコトを、どう思われているのですか?」
「ど、どうして、そんなコトを……」
昨日のホテルでのキスが、脳裏に過る。
「どうしてでしょうか、自分でもよく解りませんわ」
「セノンは、妹みたいな存在だよ。素直で無邪気で、周りを明るくしてくれる、とてもいいコだ」
それがセノンに対するボクの、論理的な答えだ。
けれども論理じゃ無い部分で、ボクはセノンをどう思っているかは解らない。
「艦長には他に、好きな方がおられるのですか?」
「そうだね。1000年前、ボクはある女のコに誘われて、山奥の廃鉱に行った。廃鉱にあった彼女の創った冷凍カプセルで、ボクは1000年の眠りに着いたんだ」
思えばボクにとって最初のデートが、時澤 黒乃との廃鉱探検だったのかも知れない。
「彼女は未来には来れなかったケド、ボクを未来へと導いてくれた大切な女性だよ」
「そう……なのですね」
黒乃と同じクワトロテールの女の子は、顔を伏せていた。
「艦長、見て下さい。花火が上がってます」
「ドームの中で……イヤ、止めておこう。ここは素直に、キレイだと言うべきか」
「それは、懸命な判断ですわね」
夜空に咲く鮮やかな大輪の花火が、クーリアの顔を様々な色に変化させる。
どことなく黒乃を思わせる均整の取れた顔に、ボクはしばらく見惚れてしまった。
「艦長……」
花火は終わり、ゆっくりと下降するゴンドラ。
遊園地では、夜のパレードが始まっている。
「どうか、今だけは……」
ボクの方へと、飛びつくクーリア。
真珠色の長い髪と、ピンク色のクワトロテールが揺れる。
「クーリア……」
「宇宙斗艦長……」
ボクは人生で、2度目の口づけをした。
パレードを彩る賑やかな音楽が、小さな音量で聞こえて来た。
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