ラノベブログDA王

ブログでラノベを連載するよ。

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この世界から先生は要らなくなりました。   第01章・第06話

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タクシー

「当時は、政治家を選ぶハズの選挙が、『教民法に賛成かどうか』にすげ替えられた。どんな高潔な理想も、選挙の争点にしてしまうんだよ。政治家なんて、そんなモンさ」

 ボク達は、大通りに面した居酒屋の前を通った。
赤提灯が夜の闇に浮かび、中からはオジサン達の笑い声や、愚痴やら、がなり声が聞こえて来る。

「もし自分がリストラされる立場だったら……どう思うんですかね……」
 瀬堂 癒魅亜が、ポツリとつぶやく。
言い始めと、終わりでは明らかにトーンがダウンしていた。

「そうだね。自分がその立場だったら、憤りを感じるだろうね」「です……よね」
 隣を歩く女子高生は自身も、時代を変え多くの教職員を路頭に迷わせた、ユークリッドの教師だと言う現実を、思い出した様子だった。

「でも、時代が変われば価値観は変化する。それは仕方の無いコトなのかも知れない。時代の変化によって失われて行ったモノは、他にもきっと沢山あるよ」

「……誰にだって……変わって欲しくないモノはあります」
 瀬堂 癒魅亜は、突然立ち止まって言った。

「一度失われてしまったら……もう二度と元に戻せないモノもあるんですよ」
 振り向いたボクの瞳に、再び涙を溢れさせた少女が映っていた。

「ど、どうしたんだ? 気に障ったなら謝るよ。ボクもキミより少し長く生きてるってだけで、見てきたかの様に偉そなコトを言った」
「違うんです……謝らないで下さい。それに生きているってだけで、価値は有るんです」

 彼女は寂しそうに後ろを向くと、夜空を見上げて聞き取れない小声で言った。
(……だって、お兄様は……もう)

 都会の夜空はそれなりの美しさを保っていたが、彼女が見上げるほど価値があるとも思えなかった。
「偉そうなのは、わたしの方です。気にしないで下さい」
少女は無理やりな笑顔ではにかむものの、その頬にはわずかに涙の跡があった。

 瀬堂 癒魅亜は再び歩き始めたが、一言も喋らなくなった。
ボクもしばらく、口から何の言葉も出なくなる。
気まずい時間を五分程歩き続けただろうか? 大きな通りへと出た。

「こ、ここならタクシーも捉まりそうだ。タクシーで帰る予定だったんだろ?」
 大通りは車の通行量も多く、天井にランプを灯した車も何台か目に入った。
「え? ……ええ。そ、そそ、そうですね」

 彼女はようやく口を開いたが、ナゼか慌てている様に見えた。
「アレ、違った? ひょっとして家がこの近所とか?」「い、いえ。結構遠いです」
 ボクは彼女が慌てている理由を読めず、次の可能性を探った。

「ああ、もしかして手持ちが無いとか? タクシー代くらい貸すよ?」
「そ、そうじゃ無くて……」普段の動画の彼女に比べて、著しく歯切れが悪い。
「ん? だとすると……」ボクは、冗談でも言ってみたくなる。

「もしかして、タクシーに一人で乗ったコトが無い……とか?」
「タクシーくらい、一人で乗れるモン!!」彼女は少女の様な大きな声で叫んだ。
 『ハッ』と我に返る瀬堂 癒魅亜の顔が、トマトが熟すかの様に見る見る赤く染まる。

「……ち、ちち……違います……違うんですッ!?」
 何が違うのか、ボクには理解出来なかった。
「普段は家の車で送り迎えして貰っていて……その……だからって甘やかされてなんか!?」

 彼女は混乱して、言葉を会話として上手く組み立てられないでいた。
ボクは彼女のプライドを尊重し、深く追求せずに手を挙げタクシーを停める。

「それで家はどこ?」「家は都心のマンションで……」「うわ。やっぱ、セレブなとこ住んでるな」
「どこに住んでるかなんて……意味無いです」そう言うと、彼女はタクシーに乗り込んだ。

「運転手さん。彼女を家までお願いします。場所は……」
 ボクは初老の運転手に運賃を手渡し、行き先を告げる。
自動で閉まりかけたドアの向こうで彼女は、再び聞こえない声で呟いた。

「あ、あなたが……少しお兄様っぽくて……油断したって言うか……」
 ドアが閉まり、彼女を乗せたタクシーはテールランプの赤い波間に消える。

 しばらく見送っていたボクは、コンビニでコーヒーとカップ麺を買ったあと、帰りの電車に乗った。

 

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