奇妙な授業風景
窓の向こうに広がる風景は、ボクがまだ千年前の高校に通っていた頃と変わらない。
教室を見渡すと、千年前にボクを殴ったチャラい男子生徒や、頭の悪そうな女子生徒もいる。
そこに、未来の住人であるハズのクーリアや、真央がいて、時澤 黒乃の席にはセノンが座っていた。
三人の首元には、コミュニケーション・リングと呼ばれる輪っかが巻かれている。
二十一世紀風に言ってしまえば、情報端末(ウェアラブルウェア)なのだろう。
「コミュニケーション・リングに間違った情報を流せば、未来は簡単に支配できる……」
ボクは、中年教師の言葉を、頭の中で繰り返す。
「クーリアも、真央も、セノンも、間違った情報を与えられ、なんの疑いも無く授業を受けているのか?」
知識を得るために勉強しなくても、情報が詰まったチップを差し込むだけで、簡単に知識が得られるという利便性は、裏を返せば悪意のある間違った情報すら、簡単に知識として受け入れてしまう惰弱性をもたらしていた。
「次……ケイトハルト、読んでみろ」中年の先生は、次の生徒を指名する。
ケイトハルトとは、『真央・ケイトハルト・マッケンジー』のことだった。
「千年前……世界は変革の時を迎える。それまで世界を支配してきたのは『国』、『国家』だった」
セノンに『マケマケ』よ呼ばれる少女は、千年前からの人類史を語り始める。
「国に代わって台頭してきたのが、『企業』だった。小さな国よりも巨大な力を持った企業は、自ら電子マネーを発行し、やがてより強大な力を得るようになる」
「企業が……国に取って替わるだって!? そ、そんなコトが……!?」
ボクの驚きを他所に、中年教師は満足した笑みを浮かべる。
「世界の主流が資本主義となる中で、資本を支配する者が世界を支配する。実質的な通貨まで発行し始めた巨大企業が、国に替わって政治力を増大させたのは、必然と言えるでしょう」
「ボクが惰眠をむさぼっている間に、世界はそこまで変貌を……」
「では次、ヴァルナ。読んでみろ」「あ、あのコは、腹をえぐられて……!?」
先生が次に指名したのは、左の脇腹に重傷を負い、街の委員に残してきたハズのヴァルナだった。
水色のセミロングの髪に、青緑色の瞳をした少女は、ケガをしてる様子など微塵も無かった。
「はい。実質的な通貨を発行し、金融業をも巨大な資本力で牛耳り始めた企業は、やがて軍隊をも手に入れます。二十一世紀の初頭から始まった軍事兵器の無人化技術は、やがてAI技術の発展もあって、急速に進化していきました」
中年教師はヴァルナの次に、ハウメアを指名する。
「国境の意味は薄れ、国の存在すら希薄になって行く中、人類は宇宙を目指し始めます」
彼女は、茶色いドレッドヘアに太い眉、モスグリーンの瞳を持った褐色の肌の少女だった。
「宇宙は資源の宝庫であり、化石燃料の枯渇も迫っていたため、人類は宇宙を目指さざるを得ませんでした。初期の宇宙開発が国の威信のために行われていたのに対し、二十一世紀では企業が商業目的で宇宙開発を担うようになったのも、国という枠組みの衰退に拍車をかけた要因とされています」
彼女たちの口から紡がれる物語は、遂に人類の宇宙時代の幕開けまで来ていた。
『リィーンゴォーン』と、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「今日は、ここまで……」中年教師は、教壇を離れた。
窓の外は、すでに大きな夕焼けとなっており、校舎から生徒たちが帰り始めている。
「宇宙斗くん、一緒に帰ろ?」制服姿のセノンが、ボクに話しかけてきた。
「なんか、『おじいちゃん』って呼ばれ方の方が、しっくりくるのはどうしてかな?」
「何言ってるの、宇宙斗くん。同い年でどうして、おじいちゃんなんて呼ばなきゃいけないの?」
「ま、まあその通りなんだが……」この茶番劇は、いつまで続くのだろうと思った。
「おう、宇宙斗、一緒に帰ろうぜ」「帰る」「だねだね」真央と共に、ケガの二人も寄って来る。
「ヴァルナにハウメア、ケガは大丈夫なのか?」「ケガ?」「なんのコト?」
二人は不思議そうに、顔を見合わせた。
「なに寝ぼけてんだよ。それより帰り、ハンバーガー喰ってこうぜ!」
三人の女子高生に囲まれながら下校するという、非日常を経験するボク。
下駄箱ロッカーまでくると、十一人の女の子が、傍らを通り過ぎて行った。
「クヴァヷさまの、お出迎えですね」「中等部のコたちを、メイドとして雇ってるんだ」
「仮想現実でも、金持ち設定のままか」「なにか言った、宇宙斗くん?」
「いや、ただの独り言だよ。セノン」「そ、そうですか」「セノンのヤツ、赤くなってんの!」
「マケマケ!!」真っ赤になったセノンが、真央を追いかける。
「なんだ……このリア充設定は……」
ボクは、夕日を見上げながら思った。
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