2つの少女の首
「緑色の苔が生(む)す黒ずんだ墓は、誰がその下に眠っているのか、墓標に刻まれた文字すら読めない状態だった……」
舞台のマドルが、現場の状況を観客たちに説明した。
「この墓の前は、確かに土が緩んでいるね。それによく見ると、他は薄っすらと雑草が生えているのに、ここだけ生えていない」
マドルは屈(かが)んで、地面の様子を探る仕草をする。
「つまり最近、この墓の前を掘り返した不届きな輩(やから)が、居ると言うコトだな」
「恐らくは……埋まっているのが2人の少女の首であれば、これ以上は傷付けたく無いね」
警部の部下たちに、注意を喚起(かんき)させるマドル。
「そう言うコトだ。お前ら、くれぐれも慎重に掘り返すんだ。解ったな!」
高圧的な野太い声と共に、ドーム会場にシャベルで土を掘り返す音が響き始めた。
「けっこう掘れたね。そろそろ、なにかに当たってもおかしくは無い頃じゃないかな?」
「よォし。シャベルは止めて、スコップとハケで丁寧に土を掻き出すんだ」
掘削音が、ザクザクと大雑把な音から、ガリガリと高い音へと切り替わる。
「……や、止めろ、お前たち! 勝手に人サマの墓を、暴きおって!」
いきなり、年老いた女性の声が響いた。
「お、お婆様、どうしてここに!?」
ハリカが、慌てて駆けて行く。
その様子からして、彼女の祖母である嗅俱螺 蛇彌架(かぐら タミカ)が、来たのだろう。
「お婆様、警察の方々です。伊鵞(いが)のお屋敷で起きた、殺人事件の調査なのですよ」
「警察だか知らないが、死者の眠りを妨げて良い道理があるモノか……ゴホッ、ゴホッ!?」
「だ、大丈夫ですか、お婆様!」
しゃがんで、祖母の背中を摩(さす)る仕草をするハリカ。
……観客たちの注目が、本来の調査目的から逸れた時だった。
「け、警部、有りました。腐敗した、女性の顔が埋まってます!」
警察官の叫ぶ声が、ドーム会場に木霊する。
「ホ、本当か!?」
「はい。土の中に直接埋まっていたため、腐敗が進んで白骨が見えてます」
「埋められたのが、2件目の殺人が起きた日の深夜だとすれば、かなりの日数が経過してしまっているからね。大雨で水をたくさん吸ってしまったのも、腐敗を早めた原因だろう」
マドルは、口を覆い顔をしかめた。
架空の物語ではあるが、物語の中の実際の現場は、かなり凄惨な状態だったに違いない。
「首は、1つだけか?」
「い、いえ。もう1つ、茶色い陶器らしき物が見えます」
「なにィ、陶器だとォ!?」
「どうやら、首桶のようだね」
マドルが、地面の下を覗き込みながら言った。
「ク、首桶とは何だ、マドル?」
「首桶と、言うのはだね。戦国武将が、自分が討ち取った武将の首を入れるための桶さ。漆(うるし)塗りの木製の物が主流だケド、陶器の物も珍しくは無いさ」
「戦国武将が使った代物が、どうして墓の中に?」
「由緒正しい武家の家系なら、先祖の遺品として保管してあっても不思議じゃないよ」
「首桶ってくらいなら、中身は当然……」
「ああ。殺された2人の少女の内、どちらかの首だね」
哀しそうに眼を伏せた、マドルが呟く。
「こ、これは、伊鵞 兎愛香(いが トアカ)さんで、間違いは無いだろうな」
警部の太い声が、段々とか細くなって行った。
第1の殺人の犠牲者である彼女の身体は、館のシャンデリアの下敷きとなって潰されている。
「先ほどの首と違って、生前の綺麗なままの顔だと言うコトが、せめてもの慰(なぐさ)めだよ」
「そうだな、マドル。サキカちゃんの顔は、見るも無残に変わり果ててしまっていたからな」
「……」
マドルは、言葉を返さなかった。
「クッソ、マスターデュラハンめ。酷いコトをしやがって!」
「警部。他にも犯人の手がかりに繋がる、遺留品が埋まっている可能性がある」
「ああ。お前たち、調査の続きを……」
警部が部下たちに、命令をしようとした瞬間、ピシャッ!! ……と、雷鳴が轟(とどろ)く。
直ぐにドーム会場にも、激しい雨音のSE(効果音)が流された。
「調査は残念ながら、激しい雨によって中断を余儀なくされてしまう。翌日も警部が申請はしたが、許可は下りず、調査は強制的に終了となってしまった……」
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