ヴァルナとバアル
ヴァルナとは、ミトラと並んでアーディティア神群に属する、とても古い時代の天空の神である。
「ヴァルナ、マケマケは無事ですか?」
アシュピド・ケローネに乗ったセノンが、問いかけた。
「ウン、だいじょうぶ。ホラ……」
清らかな水を羽衣のように纏(まと)った、ヴァール・バルカを操るヴァルナ。
その清らかな水によって、放射能や化学物質で濁った水溜まりが、浄化されて行く。
「汚ねェ水溜まりが、メチャクチャキレイな水溜まりになったぞ!?」
「あ、真央のサブスタンサーだ!」
「よかった、無事だったんだな」
セシル、セレネ、セリスの3姉妹が、浄化された水溜まりから、タンガタ・マヌーを発見した。
「マケマケ!」
クワトロテールに巻き込んでいた、3機のジャガー・グヘレーラーを解放する、セノン。
アシュピド・ケローネは、水溜まりに浮かんでいるタンガタ・マヌーへと駆け寄る。
「心配ない、気を失ってるだけ……」
ヴァール・バルカも、水の羽衣を短くしながら、セノンらの前に舞い降りた。
ヴァルナは、インドでは時代が降ると次第に信仰を失い、やがて水神の性質を帯びる。
逆にゾロアスター教に置いては、最高神とルーツを同じくする神だ。
恐らくは、カナン人の主神で天空神でもあるバアルとも、同じ神格と思われる。
「ヴァルナだっけ。アンタのサブスタンサーも、スゲェな」
「あのデカい巨人を、瞬殺しちまうなんてよ」
「アタシらの、出る幕じゃ無かったぜ」
「ヴァール・バルカは、ナノ・マシンの水を操る。汚水が浄化されたのも、ナノ・マシンの水のお陰……」
小柄で少女のようなフォルムの、ヴァール・バルカ。
バアル信仰は、フェニキア人によって地中海周辺地域へと拡散され、フェニキアの植民都市の1つだったカルタゴにも伝来する。
後にローマを恐怖させた名将、ハンニバルの名前の由来にもなった。
「ヴァルナはチューナーも、ナノ・マシンの水を操るんですゥ」
「そう。わたしのチューナー、アクア・エクスキュートも同じ能力。ベルダンディが、ナノ・マシンを強化して、装備に取り入れてくれた……」
「それって、おじいちゃんのアイデアかな?」
「タブン、そんな気がする。パトロクロスの街で、宇宙斗艦長も見てるから」
イーピゲネイアの叛乱で、群雲 宇宙斗と共にパトロクロスの街を逃げ惑った、セノンやヴァルナ。
ヴァルナのチューナーも、その一助となっていた。
「ハウメアは、どうしたんですゥ?」
「わたしをココに運んだ後、下層の支援に行ってくれてる……」
ヴァール・バルカが頭部を向けた方向には、壁に大きな穴が開けられており、ヴァルナはどうやらそこから大穴へと到達したらしい。
「だったら、アタシらも行こうじゃないか」
「ここも、大方片付いたしな」
「アタシらの妹たちが、戦ってんだ。心配だしね」
大穴に残った大グモや大ハチドリを掃討しながら、妹たちをの身を案じるセシル、セレネ、セリス。
「あ、マケマケ、気付いたのですね。よかったのですゥ!」
しばらくすると、真央も意識を取り戻した。
「セノンか、悪いな。助けてもらっちまって」
「助けたのは、ヴァルナですよ」
「そっか。サンキューな、ヴァルナ」
「ウン、間に合って良かった……」
ヴァール・バルカから、照れ臭そうな声が聞こえる。
「悪いんだケド、礼を言うのはそのヘンまでにしてくれ」
「アタシの妹らや、アンタのもう1人の仲間が下層で戦ってんだ」
「急いで、応援に行ってやらねえとよ」
3機のジャガー・グヘレーラーは、既に出口の穴へと向かっていた。
「わかった。アタシらも急ごう」
「みんなで、応援に行くのですゥ!」
タンガタ・マヌーと、アシュピド・ケローネも、3機の後を追おうとする。
「ン、どうしたんですか、ヴァルナ?」
ヴァール・バルカが、立ち止まったままなのに気付く、セノン。
小柄なサブスタンサーは、虚空の闇を見上げていた。
「ン、なんでも無い。気のせいだったみたい……」
「そ、そうですか。それじゃ、行きましょう」
「ウン……」
まだ何か、引っ掛かったような返事を返す、ヴァルナ。
けれども気を取り直して、セノーテの天井部へと続く大穴に向かう。
一向が立ち去った大穴に、不気味な2つの目が輝いていた。
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