拡散する恐怖
「コイツ、海と繋がってる……」
「何とかして、切り離さないとダメだね」
ヴァルナとハウメアが、おびただしい汚水で構築された巨人を、仰(あお)ぎ見ながら言った。
「だけど、どうやってやる。この地下ドッグは、旧世紀の潜水艦のドッグだったんだ。海に繋がってんのも当たり前だし、切り離しようが無いぜ」
タンガタ・マヌーで旋回しながら、方法を考える真央。
「アフォロ・ヴェーナーも、ここから出て行ったしね」
「あ、見て。戻って来た……」
ヴァルナのサブスタンサー、バール・ヴァルナが指さした。
汚水の巨人の群れを跳ね除け、潜水艦ドッグにゆっくりと浮上する、巨大な真珠色のイルカ。
背ビレが、ドームの天井を越えている。
「トゥランさん、大変なんだ。避難民たちの居るドッグが、ひと際大きな巨人に襲われているんだ!」
アフォロ・ヴェーナーの上に着艦した、タンガタ・マヌーのパイロットである真央が、窮状(きゅうじょう)を訴えた。
「確認が取れてるわ、真央。このままじゃ、避難民を載せられないわね」
「わたし達も、対処しようとしたんだケド……」
「アイツ、海と繋がっているから、何をやっても焼け石に水なんだよ」
「了解よ、ヴァルナ、ハウメア。アフォロ・ヴェーナーなら、なんとか出来るかも知れないわ」
2人の示した問題点に、対処できると言うトゥラン。
「ど、どうやってやるんだ?」
真央が、聞いた。
「エコーロケーションで水に振動を与えて、巨人を内部崩壊させるのよ」
「ああ。八王子のときに、使ったヤツだな」
「でも1つ、問題があってね」
「どんな問題?」
「わたし達に、なんとかできるかな?」
「ドームの中には、まだ人が大勢残っているわ。ドームに貼り付いてる巨人を倒すのだから、必然的にエコーロケーションの影響を受けてしまうのよ」
「それは、セノンに頑張ってもらうしか無い……」
「聞いてる、セノン。アンタのアシュピド・ケローネで、なんとかなりそう?」
「き、聞えてるですゥ」
ドームを中から支えるセノンの声が、3人のコミュニケーションリングに届いた。
パイロットと同じ、クワトロテールのサブスタンサーの周囲には、崩壊したセノーテから逃れて来た大勢の避難民が、ドームの中で身を寄せ合っている。
「なに……一体外で、なにが起こっているの!」
「避難船は、まだなのか。宇宙に飛び立ってから、かなり経つぜ」
「まさかわたし達、見捨てられたんじゃないでしょうね!?」
ドームの外の戦況も解からず、避難民たちは次第にヒステリックになっていた。
「エコーロケーションの影響を受けると、人間はどうなっちゃうですか?」
セノンが、恐る恐る聞く。
「人間の身体は、殆(ほとん)どが水で構成されているわ。良くて、ショック死。最悪、体液が沸騰して、弾け飛ぶ可能性も考えられるのよ」
機構人形(アーキテクター)であるトゥランが、冷静に答えた。
「す、少しの時間なら、頑張ってみるです」
必至に覚悟を決める、栗色のクワトロテールの少女。
「じゃあ、行くわよ。こっちも出来るだけ、音波を狭い範囲に絞って発生させるわ」
真珠色のイルカの頭部が水面から完全に浮き上がると、口から音波を発生させた。
「ア、アシュピド・ケローネには……何モノも追いつけない。それが音波であっても!」
ピンク色をしたサブスタンサーの、クワトロテールの4本のゲルが光り輝く。
「あ、あのサブスタンサー、なにをしてる!?」
「オイ、押すなって。こっちには、子供が居るんだぞ!」
「それはこっちも、同じよ。どいてちょうだい!」
「みなさん、落ち着いて。もう直ぐ、みんな助かるんですゥ!」
汚水や放射能に加え、エコーロケーションからも皆を護ろうとするセノン。
けれどもその努力も虚しく、避難民の中でパニックは広がって行った。
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