副業
カイザさん、スッラさん、ネロさん、トラヤさん……。
ボクが静岡で対戦した、フルミネスパーダMIEのメンバーたちが、スタジアムに設けられたステージに勢ぞろいして、ダンスを踊りながら男性アイドル的な曲を歌い始めた。
「カイザー、キャー」
「スッラー、クールでサイコー!」
「うわ、ネロキュン、カワイイ!」
例えばカイザさんは、黒い燕尾服風のコートに真っ赤なシャツ、チェッカーフラグのネクタイをして、カッコよく踊っている。
ネロさんなどは、真っ赤なシャツに黒い吊りズボン、頭に黒い猫耳を付け、長い尻尾まで生やしていた。
「オイオイ、どうなってやがんだ」
「どうしてサッカーチームの選手たちが、ステージでアイドル曲歌ってんだよ」
顔を見合わせ、困惑する紅華さんと黒浪さん。
「サッカースタジアムに、ケミカルライトが踊る光景など、始めて見ましたよ」
「これでは本当に、アイドルのライブ会場でありますな」
柴芭さんと杜都さんも、腕を組んで戸惑っている。
「見てみいな。ゴッツい顔した、外国人のオッサンまで踊ってんで」
金刺さんが言うオッサンとは、バルガ・ファン・ヴァールさんのコトだ。
凄まじい得点能力を誇る、チュニジア人ストライカーのバルガさん。
荒くれ者(デスペラード )風のロングコートに、黒いティンガロンハットを被って、リズミカルにダンスを舞っていた。
「今日は、スタジアムにお集まりいただき、大変に感謝してます」
1曲が終わると、カイザさんが前に出て、観客席に向け挨拶をする。
「ボクたち、フルミネスパーダMIEは今日、地域リーグに加入し新たな1歩を踏み出します」
カイザさんが話すたびに、女の子たちが黄色い声援を送っていった。
「アイドル服を着て言っても、とてつもない違和感しかねェな」
「な、なあ。なんでアイツら、アイドルやってんだ?」
黒浪さんの疑問は、ステージに立つカイザさんが答える。
「地域リーグに所属するボクらは、サッカー選手としての年俸は少なく、副業をせざるを得ません。ボクたちの副業は、アイドルです」
「ふ、副業がアイドルって、ホンマか!」
「そう言えば、記者会見のときに言ってやがったな」
「ア、アレ。そうだっけ?」
3人のドリブラーたちが、ボクも出席した記者会見のコトを思い出そうとしていた。
ロランさんの替わりに、記者会見に出るハメになったボクは、テンパってほとんど記憶にないケド、日高オーナーが言っていたような気も……しなくも無い?
「ええ。紅華くんの言う通り、確かに言ってましたよ」
「マ、マジか。オレさまたちは高校生だし、副業なんて考えたコトないぜ」
「そう言やお前、千鳥んトコの動画編集、手伝ってたやろ。アレ、金出てるで」
「え、マジ。オレさま、そんなつもりじゃ無かったケド」
「お前の目的は、千鳥やろ。まあ佐藤さんも払う言うとったし、貰えるモンは貰っとき」
動画編集会社でバイトをする、金刺さんが言った。
そう言えばボクも、地域リーグが開幕するまでの間、ポスティングの仕事をするハズだった。
静岡に飛ばされて、流れちゃったケド。
「みなさん、ようこそお越し下さいました」
今度は、ネロさんがステージ挨拶をしている。
「まったく、ボクにこんなカッコウをさせるなんて、ウチのオーナーも大したヤツですよ」
猫耳が不満なのか、オーナーの恨み節を延々と語るネロさん。
「来週の月曜日に、ボクたちのファーストアルバムが出ます。まあボクに、ここまでの恥をかかせてくれたんでね。多少でも売れて貰わないと、割りが合わないってヤツですよ」
観客に向け悪態を付く、ネロさん。
「ネロキュ~ン、性格ワル~い!」
「アルバム、もう予約したよォ~」
「心配しなくたって、絶対売れるって」
「……」
どうやらネロさんは、アイドル活動に乗り気じゃないらしく、観客席の反応に困惑していた。
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