名づけ親
「やれやれ……どうして六十人もの娘と、銭湯の湯に浸かっているんだ?」
目に映るのは、銭湯の湯船の周りを駆け回る、オレンジ色の髪の少女たち。
電気風呂でしびれる、チョコレート色やマスカット色の髪の少女たち。
シャワーで髪流す、ソーダ色やピンク色の髪の少女たち。
考えてみれば、不思議な経験ばかりだった。
「お前たちは、ボクの娘って言ってるケド、それはどういうコトだ?」
隣でお湯に漬かっていた、ピンク色の頭の少女たちに聞いてみる。
「ど~ ゆ~コトって?」「ムスメはムスメだよ」「血も繋がってるし」
「ボクは千年前は、冴えない高校生だったんだぞ。六十人もの娘を作れるハズが無い」
とは言え、未来の技術がボクの意志など無視して、作った可能性も頭をよぎる。
「ちなみに、キミたちの名前は?」初めて娘に名前を訪ねた。
「名前? まだ付いてな~い」「パパ付けてよ?」「カワイイのにしてよね」
三つ編みおさげをほどいた、ソーダ色の髪の少女たちがボクにじゃれ付く。
「ママも言ってたよ」「パパに名前つけてもらいなさいって」
チョコレート色の髪の少女が、悪戯っぽく微笑んだ。
「え……ママって誰だ!? キミたちの母親は、誰なんだ?」
「時澤 黒乃に決まってるじゃない!」「パパも好きだったんでしょ?」
「く、黒乃が……キミたちの……母親!?」
マスカット色の髪の少女が、好奇心で瞳を潤ませている。
「それじゃボクは……く、黒乃と……!?」
ボクは、顔が急激に赤くなるのを感じていた。
「パパ、もうのぼせちゃったの?」「だらしな~い」
オレンジ色の髪の少女たちがケタケタと笑ったが、決して湯あたりしたワケじゃない。
「ん? パパ、なんか大っきく……」「んなッ……なってないぞ!?」
慌てて、オレンジ色の髪の少女の口を塞ぐ。
「ねえ、それより名前はやく付けてよ!」「今まで、放ったらかしだったんだから」
「そんな急に言われても、簡単には付けられないだろ」
湯舟の周りに集まってきた、二十人くらいの少女に迫られた。
「そ、そうだなあ。六十人もいるし……十二人が五組か……?」
ボクはあることに気付く。
「5はともかく、60や12は十二進数だよな?」
周りに集まる少女の数は、かなり増えていた。
「二十一世紀の社会じゃ、十進法が使われるコトがほとんどだったケド、例外的なモノがある……」
それは、『時』だった。
「一時間は六十分だし、一日は十二時間を二回繰り返す……」
ボクの考えは、憶測から予測へと変化し、確信へと近づく。
「ボクを未来へと運んだ少女の名前は、『時澤 黒乃』。時の入った苗字に、彼女の名前は、ギリシャ神話で時を司る神・クロノスを連想させる」
キーワードは全て、『時』に関係していた。
「オレンジの十二人は、オレア、オレカ、オレサ、オレタ、オレナ、オレハ、レジア、レジカ、レジサ、レジタ、レジナ、レジハでどうだ?」
「まあいんじゃない?」「無いよりマシ」
オレンジから、テキトーにもじっただけの名前である。
当然の反応かと思った。
「ピンクの十二人は、サラア、サラカ、サラサ、サラタ、サラナ、サララ、クーア、クーカ、クーサ、クータ、クーナ、クーハでどう?」
「まあまあ?」「似た名前が多いのは、なんで?」
そんなのは、言い間違え対策に決まっていた。
ピンクの花である桜から取った次は、難関のチョコレートだった。
「チャコア、チャコカ、チャコサ、チャコタ、チャコナ、チャコハ、ココア、ココカ、ココサ、ココタ、ココナ、ココハ……で、どう?」
「かなり、苦しくない?」「チャコサとかどーなのさ!?」
言われるまでも無く解ってはいたが、もはや何も思いつかない。
次はマスカットのコたちが並んでいた。
「キミらは、マテア、マテカ、マテサ、マテタ、マテナ、マテハ、ステア、ステカ、ステサ、ステタ、ステナ、ステハだ!」
「はーい」「無難な感じ?」「まあいっか?」
「最後のソーダ色のは、ソーア、ソーカ、ソーサ、ソータ、ソーナ、ソーハ、ラムア、ラムカ、ラムサ、ラムタ、ラムナ、ラムハだ……」
「名前だ、名前だぁ!」「わ~い!」
六十人もの名付けを終えたボクは、完全に脳の養分を使い果たしていた。
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